ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

尹東柱の詩22.「太初の朝」バイリンガル

2016-12-25 10:17:54 | 詩・コラム



太初の朝」

               尹 東 柱

春の朝でもなく
夏、秋、冬、
そんな朝でもない朝に

紅(くれない)の花が咲きだした、
陽の光が蒼いのに、

その前夜に、
その前夜に
すべてがととのえられた、

愛は蛇とともに
毒は幼い花とともに。

         (1941年)


「태초의 아츰」 *아츰=아침

윤 동 주

봄날 아침도 아니고
여름, 가을, 겨울,
그런 날 아침도 아닌 아침에

빨- 간 꽃이 피여났네
해빛이 푸른데,

그 전날 밤에
그 전날 밤에
모든것이 마련되였네,

사랑은 뱀과 함께
독은 어린 꽃과 함께

(1941년)

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尹東柱の詩21.「少年」バイリンガル

2016-12-24 07:48:17 | 詩・コラム

「少年」

                   尹 東 柱

そこそこで、紅葉(もみじ)のような悲しい秋がほろほろ落ちる。もみじの散った痕(あと)ごとに春の支度をととのえ 枝の上に空が広がっている。静かに空をみやれば 眉が水色に染まる。火照る頬を両手でなでると 掌(てのひら)も水色に染まる。もう一度掌(て)を擬視(みつ)める。掌(て)の筋には澄んだ川が流れ、川の中には愛しくも悲しい顔―美しい順伊(スニ)の面差しが泛(うか)ぶ。少年はうっとり眼(まなこ)を閉じてみる。なおも澄んだ川は流れ、いとしくも悲しい顔―美しい順伊の面差しは泛ぶ。

         (1939年)





「소 년」

윤 동 주

여기저기서 단풍잎같은 슬픈 가을이 뚝뚝 떨어진다. 단풍잎 떨어져나온 자리마다 봄을 마련해놓고 나무가지위에 하늘이 펼쳐있다. 가만히 하늘을 드려다보려면 눈썹에 파란 물감이 든다. 두손으로 따뜻한 볼을 쓰서보면 (쓰다듬어보면) 손바닥에도 파란 물감이 묻어난다. 다시 손바닥을 들여다본다. 손금에는 맑은 강물이 흐르고, 맑은 강물이 흐르고, 강물속에는 사랑처럼 슬픈 얼굴- 아름다운 순이의 얼굴이 어린다. 소년은 황홀히 눈을 감아본다. 그래도 맑은 강물은 흘러 사랑처럼 슬픈 얼굴- 아름다운 순이의 얼굴은 어린다.

(1939년)

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尹東柱の詩20.童詩「はる」バイリンガル

2016-12-23 22:27:36 | 詩・コラム





(北間島明東小学校卒業記念写真 右側がトンジュ)


 「봄 」 (동시)


윤 동 주

우리 애기는
아래 발추에서 코올코올, 발추=발치의 사투리

고양이는
부뚜막에서 가릉가릉

애기 바람이
나무가지에 소올소올

아저씨 햇님이
하늘 한가운데서 째앵째앵

     1936.10


(습작기의 시 )

                                 


「は る」  (童詩)

            ユン・ドンジュ

うちのあかちゃんは
へやのすみで* すやすや、

ねこは
かまどで ごろごろ、

そよかぜが
きのえだに さやさや、

おひさまが
なかぞらで きらきら。


  *へやのすみ=オンドル部屋の一番温かいところの意。


*習作期の童詩です。



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尹東柱の詩19 .「病院」バイリンガル

2016-12-22 22:28:03 | 詩・コラム

 (1941年12月の尹東柱です。)





「병원」
            윤 동 주

살구나무 그늘로 얼굴을 가리고,병원 뒤뜰에 누워, 젊은 여자가 흰 옷 아래로 하얀 다리를 드러내 놓고 일광욕을 한다. 한나절이 기울도록 가슴을 앓는다는 이 여자를 찾아오는 이, 나비 한마리도 없다. 슬프지도 않은 살구나무 가지에는 바람조차 없다.

나도 모를 아픔을 오래 참다 처음으로 이곳에 찾아왔다. 그러나 나의 늙은 의사는 젊은이의 병을 모른다. 나한테는 병이 없다고 한다. 이 지나친 시련, 이 지나친 피로, 나는 성내서는 안된다.

여자는 자리에서 일어나 옷깃을 여미고 화단에서 금잔화 한포기를 따 가슴에 꽂고 병실안으로 사라진다. 나는 그 여자의 건강이 –아니 내 건강도 속히 회복되기를 바라며 그가 누워ㅆ던 자리에 누워본다.

1940.12




「病院」

                                ユン・ドンジュ

杏(あんず)の木陰で顔を遮り、病院の裏庭に横たわって、若い女が白衣の裾から白い脚をのぞかせ日光浴をしている。半日すぎても 胸を病むというこの女を訪ね来る者、蝶一匹もいない。悲しみもない杏の梢には風さえない。

わたしもゆえ知らぬ痛みに久しく堪えて 初めてここへ訪ねてきた。だが老いた医者は若者の病いを知らない。私に病いはないと言う。この堪えがたい試練、この堪えがたい疲労、私は腹を立ててはならない。

女はつと起(た)って襟をただし 花壇から金盞花(きんせんか)を一輪手折って胸に挿し 病室へ消えた。私はその女の健康が―いやわが健康もまたすみやかに回復することを希いつつ 女の横たわっていた場所(ところ)に横たわってみる。


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吹奏楽と詩の夕べ〜武庫の流れと共に〜

2016-12-22 22:01:47 | イベント
12月22日、宝塚に行ってきました。





今年7回目になります。

吹奏楽と詩の夕べ〜武庫の流れと共に〜

「朝鮮学校をささえる宝塚市民の会」の皆さんを始め大勢の方々のご尽力で7回も続いている神戸朝鮮高級学校吹奏楽部と舞踊部の皆さんが出演されています。





1.吹奏楽合奏 「霧の向こうへ」千守日先生の作曲です。

2.朝鮮舞踊 「チャンゴの舞」










3.女声重唱 「小さな机」4.「糸」

5.メドレー「感謝の気持ちを込めて」


この中でゲゲの鬼太郎が出てきたのです、本当に楽しい。





6.ピアノと木管二重奏「蕾レター」

この曲も吹奏楽部顧問の千先生の作曲です、この曲も素晴らしい。とても癒されました。

7.歌と踊り 「全部抱きしめて」










一緒に手拍子打ちながら楽しみました。





司会者の韓さん、本当に素晴らしい!

舞踊部2年生だそうです、ハキハキしてそれでいて真心をいっぱい届けてくれました。兵庫の知人がそばに来て司会者の方が今は亡きハンヨンチャン先生のお孫さんだと教えてくださいました。


ハンヨンチャン先生は私の子どもたちが通った中大阪の校長先生も務められた方で、この方を知らない同胞はいないほど大阪の教育部門では名の知れた方でした。


その方のお孫さんだと聞いてもっと胸が熱くなりました。


日本語の発音もとても綺麗で感性豊かな学生さんです、朝鮮語は多分もっと上手だと思います^o^

朝鮮高級学校を無償化から除外された過去7年間のお話をされた時は私も知らぬ間に涙を流していました、私もこのコンサートに招待され日本の詩人の河津聖恵さんと詩の朗読をさせていただいたことがありますが、6年前のその日も司会者の方のお話に涙した事があります。
その日から何も変わっていない、いいえもっと陰険な朝鮮学校いじめが続いている事に怒りさえ感じました。

でも、そんな中でも良識ある方々のご尽力でこのようなコンサートが7回も続いている事は奇跡に近いと思いました。




8.吹奏楽合奏 「ヒャンセの舞」千先生の作曲です。この方の才能は何処まで行くのでしょう、どの曲も素晴らしい!

最後は 「リムジンガン」

やはりこの曲を聴きながらも涙してしまいました。










素晴らしいコンサートに感謝します。


素晴らしい友情に感謝します。


田中さん、井上さん、小川さん、深田さんはじめ、友人の皆さんありがとうございます。来年も大林寺でのキャンプのお手伝いにも行かせていただきますね。

コンサートにもまた来ますね。












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