ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

『兵役を拒否した日本人』 - 4 ( 明石順三氏と、裁判長の問答記録 )

2018-02-02 17:06:32 | 徒然の記

  村本氏に召集令状が来たのは、昭和13年の4月で、伝道旅行で函館にいる時、東京の灯台社経由で回送されてきました。

 氏が入隊した熊本歩兵第13連隊は、満州の関東軍の供給源として、全国的に蛮勇のきこえが高い軍隊でした。野戦上がりの古参兵も多く、上等兵や一等兵による初年兵への制裁は凄まじかったと言います。

 氏が大きく変わったのは、幹部候補生への志願を勧められ、断った時からです。私の下手な説明より、稲垣氏の叙述の方が分かりやすいので紹介します。

  ・志願を断ったばかりでなく、彼は今ひとつ、軍隊では誰も真似ができなかったと思われる、ある拒否行為も実行していた。

  ・軍隊の大元帥である、天皇の住居のある東方を向き、皇居遥拝の最敬礼が行われる時、彼だけはそれをしなかったのである。

  ・灯台社の教理では、偶像の礼拝が禁じられ、神はエホバのみであり、天皇は人間の一人であるに過ぎない。

  ・村本は教義を忠実に守り、実践していた。

  ・天皇への敬礼を拒否するというのは、この上のない抗命行為であり、軍規にも背くこの行為には、どれほど過酷な刑が待ち受けていたかと、想像されもしよう。

 だが不思議なことに、氏は誰からも制裁をされず、不問のままに過ぎました。

 こうなりますと氏に残されている抵抗は、与えられている銃の返還、つまり兵役拒否でした。キリスト者として殺人の訓練を受けず、人を殺す戦争には参加しないという、動かない決意でもあります。

 軍隊内で迫害されても本望と覚悟し、翌昭和14年の一月、彼は班長室へ行き、「私の銃はお返しします。」と申告しました。

  氏の身柄が憲兵に引き取られ、憲兵隊の留置所へ送致されます。連日の取り調べにも翻意しなかったため、陸軍刑務所へ送られ、ここから氏の受難が始まります。軍法会議にかけられ、懲役2年の判決を受け、陸軍刑務所の独房へ入れられます。裁判の記録がありませんので、氏がどのような受け答えをしたのか分かりません。

 しかし明石順三氏が裁判にかけられた時の、裁判長との問答記録を稲垣氏が書いていますので、それを紹介します。明石氏に帰依していた村本氏なので、同様の返事をしただろうと推測されるためです。

 昭和12年東京地裁の資料で、裁判長は徳岡一男氏です。長いので、必要部分だけを紹介します。

 裁判長  灯台社の目的は何か。

 明 石  聖書の真理に基づき、この世の人々が神の聖旨に背反している諸事実を指摘

     し、エホバの聖旨に添う人類となさんことを、目的としております。

 裁判長  教理によれば、エホバの神が、天地万物の創造主、唯一絶対最高神になってお

     るのか。

 明 石  そうです。

 裁判長  悪魔とはルシファーを指すのか。

 明 石  そうです。

 裁判長  全人類はすべて、ルシファーの邪道下に生活してきたという訳だね。

 明 石  そうです。

 裁判長  悪魔は地上に、悪魔の組織制度を持っておると、説明しておるのだね。

 明 石  そうです。政治・宗教・商業その他、全部の地上組織を指して、悪魔の組織制

     度とみております。これらはすべて、正義の神とは無関係の存在であります。

 裁判長  しからば国家も、悪魔の組織制度か。

 明 石  そうです。例外なく悪魔の組織制度で、神のものではありません。

 裁判長  日本国家について、如何に見ておるのか。

 明 石  日本はキリスト教国ではありませんが、教理上から異邦国の一つであります。

     全世界は悪魔の世でありますし、日本はエホバを神とも信じておりませんか

     ら、悪魔国です。

 裁判長   しからば被告は、灯台社運動継続中においては、天皇陛下および皇族の尊厳性

     を認めておったか。

 明 石  尊厳神聖ということは、全然認めません。

 裁判長  天皇陛下の御地位についてはどうかね。

 明 石  天皇の御地位など認めません。

 稲垣氏は裁判記録を読み、次のように感想を述べています。

 「以上の問答をみても分かる通り、まず灯台社が結社であることを認めさせ、ついでその教理が、日本の国家・国体の否定に結びつき、順三自身も、天皇の地位否定の立場に立っているのを立証するという、既定方針の順序に従い、一方的裁判を進行させていくのみだったのである。」

   「赤子の手を捻るように、やすやすと、治安維持法に該当させられていくのが、まざまざと読み取れるでないか。」

  「いわば罪に陥れるための、このような秘密裁判において順三は懲役12年の判決を受け、第二審では10年となったが、これ以上の上告は棄却された。」

 しかし「ねこ庭」は、著者とは別の意見を持ちました。裁判長の進め方が一方的だとは思わず、当然の問いかけであろうと思考します。明石氏の教理への真摯な取り組みと、伝道活動に敬意を表していますが、自分の国を大切にする「ねこ庭」見ますと、受け入れがたい主張です。

 氏は江戸末期以来、欧米列強の侵略から国を守るため、ご先祖が味わった苦難と献身牲への理解を欠いています。何万年も前のエホバの歴史より、二千年の日本の歴史を学んで欲しいと思います。

 ご先祖の苦労を知らず、日本の組織・制度が全て悪、日本は悪魔の国と単純化されては、裁判官でなくても許せなくなります。

 国土と国民を列強の侵略から守るため、政治家が天皇を利用し、必要以上に神格化したと思いますが、国を滅ぼされないための工夫ですから、明石氏のような愚かな否定はしません。

 天皇への尊崇の念は政府が無理強いしなくても、庶民の間では土着の神話とともに受け継がれています。世界のどこの国の支配者も、権力の起源を神に求め、神の権威を利用しています。

 時代が進み、文明が開けたからといって、他国は他国であり、日本は日本です。神話に基づく天皇が日本におられても、不都合を感じないばかりでなく、長い歴史を持たれる皇室への敬意が増すだけの話です。

 無縁な異国の神を信じる氏が、簡単に天皇を否定するのを知りますと、怒りが生じて来ます。日本にとっての悪魔は、むしろ明石氏自身でないかと思えて来ます。自己以外の神を否定攻撃する「一神教」の狭い教えと、万物に神を見て手を合わせる「八百万 ( やおよろず ) の神」の存在する寛容な日本について、氏は何も勉強しなかったとみえます。

 著者は裁判長が 悪意の意図を持ち、明石氏を有罪にしようとしていると説明しますが、氏は天皇否定の立場に立ち、国も否定するのですから、治安維持法の罪に該当します。

 信仰は個々人の内面の話だとしても、国家存亡の折に、氏のような考えの人間が増えると、日本が滅んでしまいます。

 村本氏と同様に、兵役の拒否をした「エホバの証人」は、氏のほかに2名います。一人は明石氏の長男である、明石真人氏です。氏は獄中の読書で転向し、日本人の自分へ戻ります。

 著者は真人氏を裏切り者として描き、説を曲げなかった明石氏と村本氏を評価し、この書を終わっています。

 「ねこ庭」のブログも、終わりが見えてきました。明日は最終回として、転向した真人氏と、明石氏が日本の「エホバの証人」から、抹殺された原因を紹介します。

 机に向かう時間が長かったので、運動も兼ねて、今から風呂掃除にかかります。今夜は呑める日ですから、夜にはゆっくりと、くつろぎの一杯を頂きます。

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『兵役を拒否した日本人』 - 3 ( 灯台社の活動と村本一生氏 )

2018-02-02 00:50:18 | 徒然の記

 明石順三氏が著作を出版し、布教活動をしていた昭和5、6年は、どんな年であったか。ネットの情報から拾ってみました。

 昭和4年に勃発した世界大恐慌が、翌5年に日本を直撃しました。戦前の日本を襲った、最も深刻な恐慌だったと言われています。企業が倒産し、失業者が溢れ、農村では娘たちが売られました。一部の裕福な企業家や政治家たちが贅沢をし、国民の多くは生活苦に喘ぎ、各地で労働争議が発生しました。

 明石順三氏は、米国でラサフォードが説いた教えを日本に持ち込み、自分の言葉で広めました。

 「工場における労働状態を見るも、職工の労賃は、雇い主に益々搾り取られるばかりか、彼らは容赦もなく、解雇手段を取り、今や何百万という失業者が、食うに食なく、妻子を養い得ざる、悲惨なる状況に陥っている。」

 「しかるに彼ら資本家側は、不義の栄華を楽しんでいるのである。」

 「これら貪婪なる、悪しき暴利の資本家こそが黒幕の中にあって、政府の実権を握る者である。」

 「国民の公僕たるべき政府役人は、資本家の意のままに国法を改変して、一般国民の福利を無視す。」

 「市民怒りてこれを法廷にて争うも、正義を行なうべき法廷が、これもまた、強欲な資本家の手の下に、自由に支配されている。」

 「優秀な弁護士も黄金の力で雇われ、資本家に有利な証拠を、各方面より蒐集する。かくして貧しき者は、法律で守られるべき権利すら失うこととなる。」

 これは、そっくり左翼共産主義者の主張と重なっています。世相が暗く、重苦しいばかりでしたから、明石氏の言葉も、共産主義者の主張も、切実なものとして庶民の中に浸透していきました。

 だが、歴史が経過した現在になってみますと、一変した状況が私たちの目前に展開します。

 マルキストたちはいざ政権を手に入れ、社会主義者の政府を作ると、悪辣な資本家と同じように、自己の利益を優先するようになりました。そればかりか、共産党の一党独裁を絶対として譲らず、逆らう人間を蹴散らすようになりました。

 国民を幸せにするどころか、全体主義の強権政治で庶民を弾圧し、資本家の政府よりもっと残酷で、もっと大ウソの強弁で支配しています。崩壊したソ連だけでなく、現在の赤い中国や北朝鮮のどこが人類のユートピアなのでしょう。

 マルクスの共産主義思想は、多くの若者を惹きつける救済の思想で、当時は確かにそうだったのですから、ラサフォード氏や明石氏を笑う気持はありません。

 氏は、ラサフォード氏が説いた教えを、「エホバの証人」の一人として、日本の国で訴え続けました。

 「カトリック教会や、プロテスタントの教職者たちは聖書に基づいて、神の言葉を伝える正しき人々に、なぜ反対するのであろうか。」

 「その答えは、簡単である。彼らは、暴利を求める資本家や政治家と連合して、地上の諸国民を支配し、悪しきサタン、すなわち悪魔を主君として、その支配下で行動しているからである。」

 「資本家は、民衆の金銭を盗む。しこうして聖職者は人々の信仰を、神エホバより盗み取る。ゆえに他の何ものにも増して、極悪者である。」

 大正14年に施行された治安維持法は、もともと共産党を弾圧するために策定されたもので、加入者を10年以下の刑にするとしていました。昭和3年になると、加入者の最高刑が無期懲役または死刑と改定され、思想取締のための特別高等警察課  ( 特高 )  が、内務省に新設されました。

 昭和7年になりますと、警視庁や各都道府県の警察にも特高課が置かれるようになり、全国的思想犯の取締体制が出来上がります。稲垣氏の著作が、当時の明石氏の活動状況を紹介しています。

  ・それにもかかわらず、明石順三指導下の灯台社は、法律による断罪を意に介さないごとく、文書配布や、地方伝道の実践活動にも、型破りの積極的方法を取っていた。

  ・駅頭、学校周辺などの街頭や、戸別訪問による配布のほか、今でいうダイレクトメール方式で、一度に数万部を多方面に発送した。

  ・地方へ行くメンバーは、汽車など利用せず揃って自転車に乗り、東京の灯台社を出発した。

  ・彼らは自転車でリヤカーを引き、炊事用の鍋・釜や木製のベッドまで積み込んだ。

  ・東京近県から、北は東北・北海道へ至り、やがて沖縄、朝鮮、台湾にまで出かけ、聖書信仰の浸透を図った。

 荻窪にあった灯台社本部への最初の弾圧は、昭和8年でした。宿泊していた奉仕者の検挙と、在庫文書類が押収されると共に、伝道先々でのエホバの証人たちの一斉検挙が行われました。

  この頃村本一生氏は、まだ「エホバの証人」と無縁な、ごく普通の学生でした。氏は大正3年に、熊本県下の医師の長男として生まれ、東京工業大学へ進んでいました。昭和11年の卒業を前にした最後の夏休みに、帰省していた時、たまたま父の書斎で灯台社の機関紙を読み、明石順三氏の文章に触れ強く心を惹かれました。

 日頃は引っ込み思案なのに、明石氏に手紙を書くと、まもなく返事があり、帰京するとその足で灯台社本部を訪ねます。社の教えだけでなく、明石氏の人柄に惹かれてしまい、ついに洗礼を受け、エホバの証人の一人に加わります。

 決まっていた会社への就職もなげうち、灯台社へ住み込み、伝道に参加します。

 当時の暗い世相を考えますと、村本氏の決断も分からないでありません。若い頃の自分がそうであったように、氏もまた、一途な学徒だったのでしょう。あの頃の学生なら、マルクスの本だけで夢中になったでしょうから、エホバの神様が加わると、「目から鱗」のような感激があったに違いありません。

 私が大学生だった頃の日本で大学生はエリートでなく、巷にあふれる若者の位置づけでしたが、村本氏の時代なら間違いなしのエリートです。

 治安維持法の恐ろしさも知っていたでしょうから、命がけの決断だったはずです。だから私は、戦前のマルキストや、反政府宗教の信者に向かいますと、自分と相容れませんが、無意識のうちに敬意を払ってしまいます。

 なんとかして村本氏の話をまとめたいと頑張るのは、そうした思いがあるためです。今夜も12時を過ぎましたが、肝心の所が紹介できませんでした。明日こそは兵役を拒否した氏のことを書き、その行為を誉める著者への反論を述べ、自分の気持を整理したいと思います。

 夕方から降り出した雨が、みぞれとなりました。このまま降り続けば明日の朝は、天気予報通り積雪10センチなのかも知れません。先日の雪がまだ残っているのに、やっかいなことです。

 だが会社勤めの人々や学生たちを思えば、年金暮らしの自分が雪をボヤいていては恥ずかしくなります。「ねこ庭」で読書する私は、幸福な老人です。

  お休みなさい。

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