田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-10-16 18:07:18 | Weblog
枯れきった感じ。
でも、どこかで会ったようななつかしい後ろ姿。
やはり、本田かな。
声をかけてみようかな。まちがいだったらバツがわるいな。
東京の妻に携帯を入れた。
本田らしいけど。
どうしょう?
声を掛けてみようかな。
そんなことも、ひとりで判断できない。
東京の自宅は留守電になっていた。
妻は品川界隈でショッピングでもたのしんでいるのだろうか?           

「本田さんでしょうか? 石裂ですが」
「声をかけてくれて、ありがとう。このところなんどか会ってやんすね」
老人はやはり本田正だった。
むこうでも気づいていたのだ。
声を掛けてよかった。
無視をつづけたら……。
なぜ声をかけてくれないのだろう。
と彼は傷ついたことだろう。
勇気をだして声をかけてよかった。     
ところが……。
本田が気をわたしのほうにそらせたので、猫が爪をたてた。
本田は手のひらにイカのくん製をのせていた。
細く裂いてあった。
それを猫がとろうとして爪をたてたのだ。
本田の手の平にうっすらと血がにじんだ。
きっと、猫の爪が切り裂いたのだ。
わたしは恐縮してあやまりながら、いつも持参しているバンドエイドをわたした。
「大丈夫。だいじょうぶ。この子の親にもよく爪を立てれやんした」
「ずいぶん長いこと猫に餌をやっているのですね」
「野良猫をみているとカワイソウで。うちでも1匹捨て猫がまよいこんできたのを飼ってやんす」
やっとふりかえることができた。
本田が手にしたイカをたべおわった猫は、植え込みにもどっていった。
黒猫がおおかった。
なかには、どうみても捨てられて間もないといったペルシャ猫もまじっていた。
まだ高貴さがぬけきらず、ほかの猫になじめずにいるようすだった。
純白であったはずの体毛が薄汚れて利久ネズミ色に変色しているのは涙を誘う。
「かわいそうですよね。捨てられて、すっかりおちこんでいるでしょう」
わたしの視線がペルシャ猫にとどまっているのを察して本田がいった。
ペルシャ猫を抱き抱えた。
ひよこっとすくいあげるように抱き上げた。
猫はなれていた。
一声ニャァと鳴いて本田の胸に頭をこすりつけた。
かわいいものだ。
周りの先住猫とうまくいっていないので、本田がだきあげてかわいがっている気配がつたわってきた。 
そっと下におくとおなかをみせてねころがってしまった。

「寒いから、正面入り口のベンチに行くかい」
やさしい音声だった。
この「かい」という妻の故郷の勧誘の語尾がすきだ。
少しだけ語尾をあげると、おずおずと誘っている雰囲気がよくでる。
「こんなふうに、また会えるとは思ってもみませんでした」
「石裂さんは、東京でがんばってるね」
「思うようにいきません。小説ではなくて、民俗学の知識をいかした随想ばかり書いていて、はずかしいですよ」
あれからどれだけの歳月が流れたというのか?
本田は、わたしが妻と結婚してこの街に住みつくようになった年に知り合った。
同人誌「現代」を出した年だ。
本田は、旧制の栃木中学の出身だった。
そのころプロ野球で活躍していた後輩の田名網について書いてくれたのだった。
随筆だった。格調の高い文体におどろいたものだった。
そのころすでに、かなりの歳を重ねていた。
ヨーカドーのフロントのベンチに腰をおろしていると屋根の上のほうで恐竜でも吼えているような風音がする。
この建物が巨大な恐竜となって、のしのしと街に襲いかかるのではないか。
そんな畏怖をともなった咆哮だ。
いつからこの街ではこんな烈風が夕暮れちかくなると吹き荒れるようになったのだろう。
ともかく、日光のほうから吹いてくる黒髪颪だ。



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改題 吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-10-16 17:56:00 | Weblog
10月16日 木曜日
●昨日から連載をはじめた「妻の故郷」を「吸血鬼の故郷」と改題した。

●こちらは吸血鬼作家だ。
妻の故郷では題名にインパクトがない。
ここはやはり「吸血鬼の故郷」とするべきだろう。

●カミサンと連れだって歩く散歩コースに御殿山公園がある。
山の上は平面。
野球場になっている。
中学生や社会人の野球練習の姿と声が途絶えたことがない。
この球場も新垣結衣の「フレフレ少女」のロケで使われている。
鹿沼を訪れたひとなら誰でも知っている場所だ。

●わたしもむかしは、少年野球のチームにはいっていた。
市内の野球大会でなんどか優勝している。
「千手チーム」といった。
「恋空」で一躍有名になった観覧車のある千手山遊園地のあるのは、わたしたちの町内だった。

●千手山と御殿山。故郷鹿沼を見下ろすことのできる場所だ。

●毎日のように街を鳥瞰しながらこの町の将来を想っている。

●はやばやと泉下のひととなった友だちのことを想っている。

●さて「妻の故郷」は三年ほど前。
異形コレクションの「魔地図」で佳作にはいったものだ。
これは最年長寄稿者であったわたしへの。
こころやさしい監修者井上雅彦氏の配慮によるものだろう。
でも目指しているものは、走り続けている方角はまちがっていないとわかってうれしかった。
興奮してお喋りし過ぎ、山手線を三駅も通過してから気づいた。

●あれからこの作品は三倍くらいに書きたした。
推敲もした。
そういうとき、PCはありがたいですね。
原稿を上張りまでして書き改めていた。
むかしのことをときどき思い出します。

●では、しばらく「吸血鬼の故郷」をおたのしみください。




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妻の故郷  麻屋与志夫

2008-10-16 09:31:49 | Weblog
酒のつまみでも買おうとたまたま立ち寄ったヨーカドーで、猫に餌をやっている老人が目についたのは晩秋のことだった。

街路樹のハナミズキが赤く色付き赤い実をみせていた。     
 
かなりの高齢者だった。
耳あてのついた防寒帽をかぶっていたがときどき頭をかくためにぬぐことがある。
わずかにのびた頭髪は真っ白だ。
頭をごしごしかいている。
なにかそうした動作をみているとうらさびた老人の暮らしが思われるのだった。
深い皺がより、老人斑のうきでた小ぶりの丸顔にはどこかむかしのおもかげがあった。
目だけが青年のように澄んで、やさしい。
老人の視線のさきでは、すっかりくつろいだ黒猫がごろんとおなかをみせてころがっていた。
ほかの猫も音をたてておいしそうに固形餌をたべたり、老人にからだをすりよせたりしていた。
猫とヒトとのくつろいだハッピーなひとときだ。
胸元までボタンのとまる色あせたたカーキ色の国民服を着ている。
いまどき古色蒼然とした国民服なんて言葉、そのものだって知らない若者が多いだろう。
袖口にほころびが目立つ。
ほつれた繊維がなんぼんも汚れて、たれさがっている。 
ズボンの裾もすりきれていた。    
おおぶりのスニカーをはいていたが、これもだいぶ履き込んでいるようにみえた。
服装からみたら……なにか、気楽に話しかけるのがはばかられる風体だ。                           猫と平和な交歓をする光景とはあまりに落差がありすぎはしないか。
じぶんの食費をけずって猫に餌をやりにきている。
そんなさびしい印象すらその姿からはうけてしまうのだった。
駐輪場の隅、雨水が流れこむので苔の淡く生えたあたりにかがんでいつも猫に餌をやっている。
おおぶりの手提げ袋に固形餌や缶詰などをたっぷりと持参してきている。
それらの餌を回りにあっまってきている猫に、なにか語りかけながら与えていた。
離れたところから見ていても、猫にたいする愛情がにじみでている動作だった。
猫もニャアニャア鳴きながら老人の膝にからだをすりよせている。
なんどか声をかけようとした。
小さな背中をまげた姿。
やはりどうみてもまちがいない。
首筋は骨張っていた。



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