田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼の故郷

2008-10-23 17:49:38 | Weblog
闇のそこから伝わってくる。
不可視な、だが明らかに害意をもつものの脅威。
ギャっという猫の絶叫。
わたしは立ち止まった。 
妻との懐かしい思い出にふけっているときではなかったのだ。
妻をまた呼び出した。

「闇の中になにかいる」

「気のせいよ」   

妻は簡単に否定した。
だがわたしはなにかあると直感した。
なにかいる。と感じる。
 
黒川の来歴を聞いたときの妻の態度をいま思い出していたからだろう。
なにか知っているのだ。
携帯をポケットにもどす。
さきに進むのが怖かった。
闇の中になにかいる。
とてつもない害意をもったものの気配がある。 
身の毛もよだつような殺意といったほうがいい。
ともかく、心臓を凍らせるような恐怖だ。
わたしはこのとき猫のものではないひくいうなり声を聞いた。
猫が絶叫した。
足を刃物で切られたのだろう。
わたしは恐怖に耐えて先に進んだ。
いますこし若ければ走ったことだろう。
いや走ってはみたのだが……。
心拍数があがるだけだった。
体を移行させるスピードはさして上がらない。
歳のせいというよりは、ひごろの怠惰な生活のためだろう。
 
ともかく猫が危ない。
 
ハリガネ猫。剪定猫、尻尾を切られた猫。
 
あわれな猫のすがたがフラッシッユバックした。
 
猫をたすけなければ。

本田老人があれほどかわいがっていた猫が殺されてしまう。
いまこの瞬間にも猫が引き裂かれている。
尻尾を切られている。
針金で縛られている。
ボーガンで射殺されている。 
わたしは先へ進んだ。     
歩みが遅い。
気ばかりあせって足がおもうように先にすすまない。
なさけない。
この瞬間にも猫が殺されている。 
息切れがする。  
闇のなかで暴れているのはオヤジ狩りのヤングか。
暴走族か。変質者か。    
男は毎朝新聞のジャンバーを着ていた。
夕刊配達のバイクがとめてあった。
まだ新聞の束がハンドルの前の荷物入れのカゴに残っていた。
「なんてことをするんだ」
男がふりかえった。




応援のクリックありがとうございます
     にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説


吸血鬼の故郷

2008-10-23 08:38:17 | Weblog
なにをたのまれたのか知りたかった。    
まさか、猫に餌をやることをたのまれたわけではあるまい。
わたしが、この街に住んでいないのを本田はよく知っていたではないか。

狭い街だ。
いくら孤独な老人でもわたしたち家族の噂は耳に入っているはずだ。
急坂がつき黒川にかかった府中橋を渡り切ると、わたしは右折した。

車をさらに徐行させた。
ヨーカドーに向かった。     

妻の両親の面倒をみるために、この街に住みついたころは、よくこの川べりの夜道を散歩した。

妻は紫外線を浴びて日焼けするのを嫌っていた。

夜出歩くのがすきだった。   

なぜこのような清流を黒川と呼ぶのか妻に聞いたことがあった。
妻はこたえなかった。

小柄でやせぎすの妻はあまり加齢を感じさせない。
いまでも、あのころのままの美貌をたもっている。  

なにをたのまれたのだろうか。

妻にもわからないことがあるのだろうか。  

わかっていてもわたしに教えてくれないのかもしれない。 

黒川のときもそうだった。      
あるとき映画館で
『川のほとりでは、太古おおくの血が流されました。血は月の光でみると黒くみえるのです』
というセリフが耳に飛び込んできた。

わたしのとなりにいる妻がはっと息をのむのが伝わってきた。

わたしは気づかないふりをしていた。

それを妻がさらに気づいて、無視しているのを感じた。

わたしはむかしのことであり、水量も多く、濁流逆巻く黒川を想像していた。

妻の肩がふるえているのがわたしの肩につたわってきていた。

川の流れが赤く染まっていた。

黒川の源流である日光で戦があったのだろう。

川の水をこれほど赤く変えるからにはかなりの戦いがあったのだろう。

わたしはなぜか地理的にはこじつけになるのを承知で、これは戦場が原の戦いだと思っていた。

太古おおムカデと猿でたたかったという伝承をおもった。
人の血が川の色を赤くそめるほど流れ。
想像であっても悲しすぎる。        

そういえば、この地方には、赤川、とか赤染川と赤いと表現した川もおおい。



ヨーカドーの裏の道は暗かった。
はるかに建物や駐車場のほうに明かりがあるだけだった。
闇のなかになにかいた。
なにか、わたしをまちうけているものがいた。
猫のうなり声がする。
それも危機に瀕した鳴き声だ。 




応援のクリックありがとうございます
     にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説

吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-10-23 00:38:38 | Weblog
遺体のはいった棺を押して穴の中を進んでいる。
いまにも釘うちのしていない蓋がはねる。
黒い遺体が起きあがってくる。
……のではないかと不安だった。

棺桶の蓋には釘は打たない風習。
棺桶に釘を打ちつけるということは、遺体に釘をうつような感じだからだ。
ということらしい。
そうきくと不安になった。
 
不安なんてものではない。
心臓が喉元にはい上ってくる。
遺体が起きあがったら、どうしょう。
そして、不安は際限なくつづいた。
棺を墓場に納めたところで、背後で、入り口付近で天井がくずれた。
台座のロープをひくこともできない。
わたしはヘルメットのライトを消した。 
わたしが閉じ込められたのはみんなが知っている。
ただ救出されるまでの時間がわからない。
電池をセーブするにこしたことはない。      
闇の中で台座の上にのり座禅をくんだ。   
いや、動けなかっ。
じたばたしてもどうなるものではない。  
時間が経過するにしたがって空気が希薄になっていくようだった。 
臆病だからとんでもない妄想にかられた。

鼓動がたかなり不安が高まった。
 
こんどは、穴のそとの連中がわたしをここに閉じ込めてしまおうという悪意があったらどうしょう、というものだった。

でも、妻がいる。
妻はぜったいにわたしを裏切るようなことはしない。
でも、もし周囲から強要されたら。
……その時はその時だ。
不安とともに周囲の壁から阿鼻叫喚のざわめきがわいてきた。
暗黒の空間にいるのに、さきほどみた戦乱の絵巻がみえるようだ。
とわたしはイメージとして、あたまであの絵を再構築しているのだった。
長刀がひらめき、首をはねられたものがたおれていく。
虚空に生首が散乱する。      
血の臭さえしてきた。       
しかしそのものの形や顔は不分明だった。
やがて、ひややかな長刀の刃がわたしの首筋に感じられた。
わたしは絶叫して意識がとおのいていった。

なぜこんなし風習があるのだ。
あの長刀の女人軍団はなにものと戦っていたのだ。                
薄れていく意識でそうかんがえていた。
 
それを知りたくてさらに民俗学にうちこんできたような気がする。


         
あのときとおなじ恐怖をまた味わいたくはない。
なにを本田に託されたのか。




応援のクリックありがとうございます
     にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説