田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-10-17 22:33:47 | Weblog
猫にあいたい。わたしがときおり帰省する理由だ。
猫の餌代こみで執事の塚本の女房に世話をたのんでいる。
猫のめんどうをみてくれる女たちは大勢いる。
入り婿の立場であるわたしなりの気配りだ。
彼女は夫婦で娘たちともども、家族ぐるみで住みこんでいる。
塚本が歳はとったが、執事として留守の家を守っいる。
家の中をクリーンにしておくにはまだまだひとでがたりないくらいだ。
妻の家系につながる家族が広大な屋敷内のあちこちに住んでいる。
住んでいるはずなのだが、めったに顔をあわせることはない。
こちらからたずねていくこともしない。
わたしですら一そっくり住みついているような敷地とわが家の正確な部屋かずや間取りなどわからないしまつなのだ。                
広い屋敷なので正確には何匹猫がいるのかわからない。
わたしたちが上京する前から飼っていた、ブラッキ、ミユ、ムック、チビ、武蔵はだいぶ老齢になっている。
それこそ、本田と同じくらい。
人間でいえば80才くらいにはなるだろう。  
だが、猫は腰もまがらない。
顔にしわもよらない。     
わたしが、帰ってくると広い庭や部屋のどこからともなくあらわれて足下にまとわりつく。
しばらく、居間でテレビをみながら猫とじゃれていると携帯がなった。
「ブラッキたち元気にしている」
わたしは膝にのっていたミユの耳元に携帯をもっていった。
ミユは妻の声をきいた。
すぐそばにいると思ったらしい。 
辺りをみまわす。
ニャーオと一声ないた。
「いまのは、ミユよね。かわいい」
わたしの猫好きもかなりのものだ。 
妻の猫への偏愛は、もうビョウキ。 
かたときも猫をはなしたことがない。
よく猫はなにもない空間にむかって、鼻をピクピクさせてうなることがある。
そんなときは、たいへんなものだ。 
わたしにみえないものが、猫にはみえるのよね。
かわいい、とだきしめて涙ぐむ。
夜になっても風はおさまらなかった。 
いつであったか、妻とこうした黒髪颪の日に買い物にでかけたことがあった。
妻の頬に細かいメナシができておどろいたことがあった。
寒冷地の日光や那須の山々から吹き下ろす風だ。
ひとなでされただけで氷の鑢でこすられたようなものだ。
妻のきめの細かいなめらかな肌が荒れてしまった。   
ともかく化粧に命をかける妻なので、頬にできた細いヒビにすっかり恐怖を覚えたらしい。
いくら曇り日で日焼けする心配はないからとさそっても、二度と黒髪颪の吹きすさぶ街にでようとはしなかった。
紫外線にあたって日焼けするのもだいきらいなので、どう説得ししても日中散歩につれだすのはたいへんなことだった。

次の日は、風もおさまった。
冬の日にしては穏やかな日差しがヨーカドー前の駐車場に日溜をつくっていた。
わたしは、車から降りて、なにか期待するような目を彼方にむけた。
本田老人はきていなかった。 
餌をくれる老人がきていないので、猫は駐車場の隅の駐輪場の周辺を歩きまわっていた。
老人の姿を探している。
老人の来訪を期待している。



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吸血鬼の故郷  麻屋与志夫

2008-10-17 09:18:56 | Weblog
建物の屋上が風の音を増幅させるような構造になっているのかもしれない。
凄まじい風の音だ。
ねころがっていたペルシャ猫が、ピンと尾をアンテナのようにたてて、わたしたちを追いかけてきていた。  
本田の足になんども頭をこすりつけていた。  
おなかをみせてまた、ごろっと寝転がってしまった。
たったひとつだけおぼえた芸で本田にせいいっぱい甘えているのだ。

パーキングには冷たい雨がふりだしていた。   

この冷えではおおかた今夜あたり雪になるかもしれない。 
植え込みの中にもぐったくらいでこの寒さにたえられるのだろうか?

すでに、猫たちの姿はみあたらない。
「こわいような風ですね」
「あのころのこと、よく考えやんしてね」
「わたしも若かったから、なにか失礼なことをいっていなければいいのですが」
「そんなことは、ありやせん。あのころが石裂さん、わしはいちばんたのしかったでやんす」              
「そうですか、よかった」
「結核との長い闘病生活から解き放たれてね、これからなにやろうかとはりきっていたものね」
「あれから、わたしもいろいろあって、この街には住みにくくなってしまって」
「ああ、聞いてますけどね。あれはしかたなかんべ。わたしたちは、……光に弱いから。石裂さんの責任じゃないでやんすよ」

光に弱い。 

なぜそんなことをいうのだろうか?     

書斎で書きものをする時間が長過ぎる。
それで、太陽に当たる時間がない。
とでもいいたいのだろうか。 
あれほど書くことのすきだっ本田だ。
日記くらいは毎日たんねんにつけているのではないだろうか。

「猫がすきなんですね」
「ずっとめんどうみてる。猫は一度なつけば一生裏切らないんでやんす」

そうか、そういう考えかたもある。
本田の言葉にわたしは深くうなづいていた。   



わたしたちも猫は何匹も飼っている。
妻は東京でも猫を飼っていた。

猫は裏切らない。 

義父が全盛のころ、北品川に買って置いた一戸建ての住宅だった。
猫を飼うのには差し障りはなかった。
だが先祖からうけついだ膨大な書籍とわたしが買い漁った古書を全部もちこむほどの広さはない。
この街の家のほうは、わたしがときおり必要となった参考資料となる書籍をとりにくるくらいだ。              

もちろん猫たちにもあいたい。



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