-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

「延沢軍記」のつまみ食い(4)の道草編

2020-04-19 18:51:19 | 歴史

 先日、「延沢軍記」のつまみ食い(4)を投稿しましたが、実は真面目にその調査だけをやっていたわけではなくて、いつものように道草がありました。調査目的の「切通し」とそれを通る街道の外に、足を伸ばして野邊沢城跡の一部も覗いてみました。令和2年4月3日の出来事です。

 下の写真を御覧ください。写真に写っているジオラマは、尾花沢市の悠美館に展示されていて、2年前の11月に市の社会教育課から撮影とブログ投稿についての了解を頂戴しました。その写真に説明を加筆しました。本丸の東側には曲輪(郭とも言います。)があり、「東郭」と表示されています。「東郭」の読み方が「とうかく」なのか「ひがしくるわ」なのかは分かりませんが、「本丸の東にある郭」の意味でしょう。前々回に投稿した切通しは、野邊沢城の東郭からさらに東へ伸びた尾根の鞍部に造られています。東郭は本丸からガクンと低くなっていて、しかも二つあります。道草したのは切通しと低い方の東郭の間です。

 切通しの位置を見ると、一見、城の防御用に造られた堀切のようにも見えますが、延沢軍記の記述から堀切でないことが分かりました。そのことは「延沢軍記」のつまみ食い(4)で説明しました。でも、城跡との関連でも確認したくなりました。

 

 切通しから尾根に上り城跡方向へ登り始めると、直ぐに急傾斜になってきました。左手の上に本丸らしきシルエットがかすかに見えますが、遥か彼方で、尾根以外の斜面はもっと急傾斜です。城からの道は一切、ありません。やはり城と切通しは関係ないようです。

 

 途中から東郭の輪郭が見えてきました。台地状の地形がよく分かります。

 

 郭から登ってきた下を見下ろして撮影しました。残念ながら、写真からは急傾斜であることが伝わりません。私の苦労ぶりが御理解いただけません。

 

 郭の中は杉が沢山あります。その中の一本に、直径25cmぐらいの葛の蔓らしきものが絡まっていました。まるで大蛇のようです。野邊沢城の大蛇伝説でもできそうです。

 

 郭の南方向には三日町、細野があります。さらに畑沢の背中炙り峠の山が見えたらいいなと思いましたが、そこまでは見えない様です。

 

 次の写真は六沢の北方向です。遠くの集落は鶴巻田かと思います。

 

 下の東郭は少し変わった形をしていました。全部が一体的ではなくて、中央付近から南北で傾斜が異なります。その結果、中央部には楔形の段差があります。中央奥の段差は別の大きな東郭の輪郭です。

 

 以上が城跡関係ですが、おまけのおまけがあります。郭の下にブナ林がありました。太いブナは直径が50cmぐらいありましたので、樹齢は百年以上にはなるかと思います。ブナ林は明るいので、私は好きです。

 

 エンレイソウです。まだ目が覚めたばかりように寝ぼけています。

 

 アブラチャンです。珍しいものではありませんが、急傾斜地などのジメジメしている場所に生えています。切通し近くの斜面には沢山、生えています。調査には長靴が最適です。

 

 城の周囲に特徴的なシャガです。敵の足を滑らせます。

 

 偶蹄類の足跡ですが、イノシシなのかカモシカなのかを特定できません。しかし去年、延沢城跡でカモシカに会いましたので、カモシカの足跡という事にしておきましょう。

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