詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

「日本の神々」(谷川健一)についてー

2007年03月20日 | Weblog
少し前の日記でも書いたけど、柳田国男が「山宮考」(昭和21年)で初めて問題提起して、谷川健一がさらにそれを発展させた内容が正しいのではと思う。

《柳田が「山宮考」で主張しようとしているのは、祖先の葬地の山ふところや谷あいで営まれる山宮祭が、氏神祭のもとの型ではないかということである・・
山宮祭が祖先を葬った場所でおこなわれ、氏神祭もそれと多くの共通した面を有するという事実は、もっとも素朴で古型を残す祭と死者はつながっているという事実の指摘でもある。
それは死穢を極端に忌避する神道の観念が、決して原初的な祭の姿を継承したものでなく、後代の作為であるということの証拠でもある。》(「日本の神々」より)

《ただ民間の世界においては原初の思想は生きつづけている。南島のウタキやグスク、種子島のガロー山、薩摩のモイドン、対馬のヤボサやシゲチ、若狭大島のニソの杜などは、祭場と葬所が一致するか、そうでなくても、至って近い距離に両者が並び存する例である。
これらは日本の祭の古型を残しているという点で、厳めしい社殿をもつ神社よりもむしろ、重要な存在であるといわねばならない。》(同上)

葬儀と誕生とが古代では、逆のベクトルを持つ同じような「再生」という風に考えられていたのではないかと思われる。
何故なら、この世での死はあの世での「再生」であり、この世での誕生はあの世からの「再生」であると・・古代日本人が考えていたのではないかと思われるからだ。
神や霊についての考え方が、古代日本人とアイヌ民族とでほとんど同一なのを考慮すると(僕の「シャーマン」のページを参照)ー
この世とあの世とが相似的な構造で共存しつつ、正反対の意味を持っている・・というアイヌの宗教観でもって、古代日本人の宗教観や慣習をも推理可能ではないかと思う。

《常宮で聞いた話だが、渚のそばに産屋をたてて、砂の上で子を産むのを、地元の人はまるで海亀のようだと話し合ったという・・
産屋の砂の呪力は海亀や鮫が海神の使いとしてあがめられていた時代の記憶の名残りである。それはウブスナ神として、赤子の一生を見守る守護神となり、守護霊となった。砂が護符として大切にされることになった淵源は深いのである。》(同上)

出産や葬儀の後に、その後を取り払ったり燃やしたりするという「ウブスナ」「祭場と葬地」「神社の原型」の章を是非参照してもらいたい。これらは、アイヌの死者の家を燃やすという慣習にも通じるものではないかと思う。

それと、古代史サイト「神奈備掲示板」で現在話題になってい古代日本や少し前の日本各地に多い・・出産の際に箒神と便所神とが立ち会うといわれる伝承についてはー
《お産の時、えんこ(大便)垂れることは、なにも珍しいことでないよ。難産で時間がかかる時なんか、まず垂れること多いよ。》(「アイヌお産婆ちゃんのウパシクマ」より)
という事実を反映したものではないかと思う。
この本は是非とも産婦人科&小児科関係の医療関係者に読んでもらって、医療事故を少しでも減らすだけの価値のある本だと思う。