シシ政権は、2015年に開通した新運河の拡張工事を経済政策の中核に据え、「エジプトの再生」を掲げていた。85億ドル(約9300億円)を投じた「新スエズ運河」計画は、中東各国の民主化運動「アラブの春」やシシ氏の権力掌握につながった事実上の軍事クーデターといった社会的混乱に、国家として区切りをつける狙いがあった。また、通航料収入の拡大を通じてエジプトを潤すとともに、世界におけるシシ氏の地位を押し上げることも期待されていた。
ところが、想定されていたような通航料収入の急増は実現しないまま。そこに大型コンテナ船座礁で運河の通航が寸断され、世界のサプライチェーン(供給網)を大混乱に陥れる羽目になった。
その開発計画は日本貿易振興機構が、『「新スエズ運河の開通と周辺地域開発計画』としてまとめており、その概要は、シン政権のフラッグシップ・プロジェクトとして、スエズ運河地域の開発が進められており、スエズ運河の拡張と沿岸部の開発の2 つを軸としたもので、スエズ運河の拡張は2014 年8 月に着工され、1 年で完了し、続いて沿岸地域の開発が始められた。
①新スエズ運河の開通
新スエズ運河とは、従来のスエズ運河を拡張するもので、複線化のための新たな水路建設(35 キロメートル)と既存水路の一部拡幅(37 キロメートル)が行われた。当初3 年と見積もられた工期はスィースィー大統領の指示によって1 年に短縮され、突貫工事で期日内に完成した。エジプト軍の監督下で実施された工事は、40 社以上の国内企業と6 社の外資企業によって進められた。
今回の拡張工事によって、運河通過時間の短縮とこれまでよりも大型の船舶の通行が可能となった。エジプト政府は、新スエズ運河の開通によって、2023 年までに通行料収入が現在の2 倍以上に増加
することを見込んでいる(表1)。
②スエズ運河地域の開発
運河地域一帯を経済活動の拠点とする「スエズ運河地域開発プロジェクト(SCZone)」を推進している。SCZone は、ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路に位置するという地の利を生かし、スエズ運河沿岸地域を国際的な流通機能と輸出加工の集積地とすることを目指すものである。スエズ運河地域の総合開発は、以前から度々模索されるたが、主に資金的な制約のため、実現しなかった。
慢性的な財政赤字を抱える政府にとって、大規模な開発資金の調達は困難だったのである。SCZone のマスタープランは、レバノン創業の多国籍コンサルティング企業であるダール・ハンダサ
社(Dar Al-Handasah)を中心とする企業連合によって作成された。産業集積の中核地区として、スエズ運河の北端で地中海に面している東ポート・サイード、運河中流域のイスマイリア、運河南端のスエズおよび隣接するアインソフナの3 つの都市区域が指定された。これらの都市部とその周辺地区に特定の産業を集積させることで、15 年以内に計100 万人の雇用創出と200 万人の居住者増加が計
画されている。
マスタープランでは、ハブとなる都市区域の既存産業、地理条件、周辺環境などが考慮され、5 つの集積有望産業として、物流、海運関連事業、情報通信、エネルギー、製造業が提案されている(表2)。