何かを売却するとか、所有していた不動産を処理するとか、現金化するというような話は、不吉な響きを持つ。売る、金が要る、ということは収入が不十分ということであり、やがて破産ということにもなろう……。トリゴー男爵はチッチッと舌先を鳴らしそうになるのを懸命にこらえていた。ゲームの際相手が怪しげな手を繰り出してきたときの彼の癖なのである。
「競走馬を所有することが大貴族の贅沢以外のなにものでもない限り」と侯爵は続けた。「私は自分にそれを許してきました……ですが、それが相場よりは少し危険が少ない程度の、単なる投機の対象となったら、私は手を引きます。昨今の競走馬の厩舎というのは株式会社ですよ、製鉄会社みたいな。もう私向きではないです。個人は会社には太刀打ちできない。男爵、あなたがお持ちのような莫大な資金が必要です……更にもっと必要かも」
この男は本当にド・ヴァロルセイ侯爵なのか。こんなに真面目な話しぶりをするとは!男爵の驚きは並大抵ではなかった。
「そうすれば年に五、六万フランの節約になることでしょうな」と彼は感想を述べた。
「ああ、その二倍ですね。それでもまだまだ足りないぐらいです。全くのところ、男爵、あなたはご存じないでしょうが、競走馬ほど金のかかるものは他にはないのですよ! 賭けゲームよりもっと悪い。そこへ行くと、娼婦なんてのは安いものですよ。ニネットはドミンゴ、ジョッキー、調教師、それに厩舎の世話係たちより安くつきます。私のマネージャーが言うには、千八百六十七年に私の得た賞金は二万三千フランですが、それには十万エキュ(1エキュ=5フラン)の費用が掛かったそうです」
彼は大風呂敷を広げているのであろうか? それとも本当のことを言っているのか? 侯爵の生活をよく知っているトリゴー男爵は頭の中で素早く計算をし始めた。
「平均してヴァロルセイは年にどれくらい金を遣うのだろう? 厩舎に二十五万フラン、ニネット・サンプロンに四万フラン、家の召使い一同に八万フラン、移動とゲームに三万フラン、葉巻や気まぐれの嗜好品その他に三万フラン……〆てざっと四十三万フランか! それだけの金を彼は持っているか? いや、持っていない。ということは、元金を食い潰してきたに違いない。つまり破産寸前! なんたることだ!」
侯爵の方では陽気に話し続けていた。
「ということでお分かりでしょう。私も行いを正さないといけないのですよ。おや、驚かれましたか? そういうことなんですよ。しかし、いつかは終止符を打たなければならない。そういうものではありませんか? 私も独身生活というのはさほど面白おかしいばかりではないことが分かってきましたよ。リューマチの徴候がうっすらと見えてきましてね。胃も弱ってきました。つまるところ、私も年貢の納め時だと感じるようになってきたのです、男爵、私は結婚いたします」
「え、貴殿が?」9.16