エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-III-14

2022-09-27 06:25:51 | 地獄の生活

ド・ヴァロルセイ侯爵が男爵の取り乱すさまを見ながら、それが自分の話が原因なのだと全く気付かなかったのはさほど不思議ではない。この金満家の男爵と一攫千金を夢見てアメリカに渡った貧しい男を結ぶものは何もなかった! 片や、カミ・ベイのパートナーであり、マダム・リア・ダルジュレの友人であり、賭け事なしには夜も日も明けぬ男、そして片や、愛に狂い、自分の妻を奪った男、そしてまた彼の人生のすべての幸福を破壊した相手を十年もの間追求してやまない男、この両者につながりがあるとは誰が思うだろうか。それにド・ヴァロルセイがたとえ疑いを持ったにしてもすぐにそれが消えてしまったのは、彼が到着したときトリゴー男爵がかなり動転した様子であったこともある。やがて彼は少しずつ平静さを取り戻していったのであったが……。

というわけで、侯爵はいつもの軽い、あざ笑うような口調で話を続けた。というのは、驚くべきこと、心を打たれるようなことは何もないからだ。すべてを馬鹿にし、下々の庶民どもなら心を悩ませるような感情には深い軽蔑を表明すること、それが上流階級の人間のすることだからだ。それこそが『洗練』というものだ。

「この話には、どうしても省略がたくさんありますが、男爵、それはド・シャルース氏ご自身が具体的なことは仰いませんでしたのでね。特に、我が不幸とあの方が名付けられた時期に話が及んだときには口が堅かったのです。それでも、ためらいがちな言葉の端に、彼自身詐欺に遭ったり、書類が盗まれたり、それに正直とは決して言えない債権者から証券を買い戻したりしたことなどを窺い知ることが出来ました……。はっきり言えるのは、ド・シャルース氏の人生はどこまでもあの愛人の夫の影に脅かされていたということです。激怒した夫の手に掛かって死ぬのではないか、という思いが彼の心に常にあったようです。どこに行ってもその男に付きまとわれているような気がしたのです。夜一人で歩いて外出するときなど、そんなことはごくごく稀なことだったのですが、角を曲がるときには細心の注意を払っていました。闇の中にはナイフの切っ先かピストルの銃口が光っているように思えたのです……。

彼自身の口から聞いたのでなければ、普段はあんなに冷静沈着な男がこんなにも恐れることがあるとはとても信じられませんでしたよ」9.27

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