治安判事の口調に圧倒され、マルグリット嬢は放心したかのようにじっと聞き入っていた。
「私に忘れろと忠告なさるのですか……」と彼女は弱弱しく言った。「忘れろと仰っているのですか!」
「そうです!貴女が心に抱いている至極尤もな疑い、それを貴女は胸の奥深くに隠しておかねばならぬのです。悪人どもを追い詰めて罪を白状させるだけの証拠を十分集めるまでは……確かに、あの金が横領されたという動かぬ証拠を掴むことは困難なことでありましょう……が、不可能ではない。時間を掛ければ、犯罪のほころびはきっと顕れるものです……私が長年の経験から得た力の及ぶ限り貴女を助けます……私を信用なさい……。寄る辺ない娘を救う道がありながら、私が見殺しにしたなどとは誰にも言わせぬ!」
マルグリット嬢の長い睫毛の間に、今はしみじみとした優しい涙が揺れていた。この世は悪党だけで出来ているわけではなかったのだ。
「ああ、判事様、あなたは良い方ですわね!」と彼女は言った。「本当に良い方……」
「しかしもちろん」と判事は遮って言った。善意は籠っていたがぶっきらぼうな口調であった。「よろしいですか、お嬢さん、あなた自身も努力するのですぞ。もし、ド・フォンデージ夫妻に気づかれたら、つまり我々が疑っていることをです、そうすればすべては終わってしまう。そこのところをよく頭に叩き込むことです。心の内を気づかれないように。良心もなく、清廉潔白でない人間というのは疑り深いものだということを片時も忘れぬようにするのです」
この点については、彼は念を押す必要はなかった。彼はそのことを見て取り、突然口調を変えて尋ねた。
「何か具体的な計画がおありですか?」
治安判事に対しては何も隠し立てなく、すべてを言うことが出来たので、彼女は言うべきだと思った。座り直し、身体中にエネルギーを漲らせながら彼女はしっかりした声で言った。
「私の心は決まっています、判事様、あなた様のお許しがあれば、のことですけれど。まず第一に、マダム・レオンは今までどおり身近に置いておきます……彼女の望む名目で。どんなものであろうと私は構いません。そうすれば彼女を通してド・ヴァロルセイ氏の策略や彼の願望、それに目的などを知ることができます。第二に、将軍夫妻の勧めに応じて彼らの家に行きます。彼らの傍に居れば、陰謀の中心に身を置くことになり、彼らの悪だくみの証拠を集めるのに格好の位置と言えるでしょう」
治安判事は満足の声を上げた。
「あなたは勇気のある娘さんだ」と彼は叫んだ。「それに慎重でもある。そう、それこそが取るべき行動です」7.1
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