「そんなことはどうでも良いことです! 正直申して、私が貴方の立場なら、速やかに訴えを起こしますよ」
「そんなことをして何になる? 今も言ったように私にははっきり分かっていることだ……ただ、ちょっとその、言い忘れていた大事な点がある……。この売買は条件付きだったのだ。しかも秘密を守るということで……。侯爵は猶予期間内に私に代金を返却すれば、彼の馬を取り戻せるという権利を留保していた。その期限というのがほんの一昨日のことだ。それで馬が正式に私のものになったというわけだ……」
「えっ! どうして最初からそれを言わなかったのですか!」と男爵は叫んだ。
これでド・ヴァロルセイ侯爵の不可解な詐欺の様相が掴めてきた。侯爵は破産が目前に迫っていると見て、とにもかくにも時間を稼ぎたかったのだ。それで彼は使い込みをした会計係と同じような行動を取った。最初に使い込んだときには、自分にこう言う。『この金はちゃんと返しておこう。そうしたら誰にもばれない』と。やがて期日が訪れるが、彼の懐具合は盗みを働いた日よりも好転はしていない。そうこうするうちに収拾のつかない事態に呑み込まれてしまう。
「それで、どうなさるおつもりですか、大公?」とパスカルが話を元に戻した。
「ああ、それを考えておるんだ……侯爵に、彼の馬が出走した記録を載せている新聞を全て提出してくれと要求しておいた。訴訟ということになったらそれが役に立ってくれるだろう……。じゃが、本当に訴えを起こすべきかどうか? これがただの金の問題ならば、笑って済ますこともできる。わしは、このようなはした金にどうこう言うような男ではない……。じゃが、彼はわしをコケにした。言語道断なやり方で! それがわしには腹に据えかねるんじゃ。更に、こんな風に易々と騙されたことを公に認めれば、どこに行っても物笑いの種にされる。それにあの男は危険な人物だ。彼の仲間たちが彼の肩を持てば、わしは一体どうなる? 外国人のわしは? わしはパリにいられなくなるだろう。ああ、この忌々しい事件からわしを解放してくれる者がいたら、喜んで一万フランぐらい出すのじゃが……」
困惑と憤激のあまり、彼はいつもは決して脱がないトルコ帽を毟り取ってテーブルに叩きつけ、車引きも顔負けの悪態を吐いた。が、すぐに我に返り、無頓着さを装うことにしたものの、あまりうまくは行かなかった。
「ふん、もうたくさんだ!」と彼は言った。「このことについては、今日はこれぐらいにしておこう。私はゲームをしに来たのだから、ゲームをやりましょう、男爵。でないと、貴重な時間を無駄にすることになりますぞ、いつもお宅が言っておられるように」
パスカルとしても、これ以上聞くことはなかった。彼は男爵と握手をし、今晩また会うことを約束して出て行った。10.31
「そんなことをして何になる? 今も言ったように私にははっきり分かっていることだ……ただ、ちょっとその、言い忘れていた大事な点がある……。この売買は条件付きだったのだ。しかも秘密を守るということで……。侯爵は猶予期間内に私に代金を返却すれば、彼の馬を取り戻せるという権利を留保していた。その期限というのがほんの一昨日のことだ。それで馬が正式に私のものになったというわけだ……」
「えっ! どうして最初からそれを言わなかったのですか!」と男爵は叫んだ。
これでド・ヴァロルセイ侯爵の不可解な詐欺の様相が掴めてきた。侯爵は破産が目前に迫っていると見て、とにもかくにも時間を稼ぎたかったのだ。それで彼は使い込みをした会計係と同じような行動を取った。最初に使い込んだときには、自分にこう言う。『この金はちゃんと返しておこう。そうしたら誰にもばれない』と。やがて期日が訪れるが、彼の懐具合は盗みを働いた日よりも好転はしていない。そうこうするうちに収拾のつかない事態に呑み込まれてしまう。
「それで、どうなさるおつもりですか、大公?」とパスカルが話を元に戻した。
「ああ、それを考えておるんだ……侯爵に、彼の馬が出走した記録を載せている新聞を全て提出してくれと要求しておいた。訴訟ということになったらそれが役に立ってくれるだろう……。じゃが、本当に訴えを起こすべきかどうか? これがただの金の問題ならば、笑って済ますこともできる。わしは、このようなはした金にどうこう言うような男ではない……。じゃが、彼はわしをコケにした。言語道断なやり方で! それがわしには腹に据えかねるんじゃ。更に、こんな風に易々と騙されたことを公に認めれば、どこに行っても物笑いの種にされる。それにあの男は危険な人物だ。彼の仲間たちが彼の肩を持てば、わしは一体どうなる? 外国人のわしは? わしはパリにいられなくなるだろう。ああ、この忌々しい事件からわしを解放してくれる者がいたら、喜んで一万フランぐらい出すのじゃが……」
困惑と憤激のあまり、彼はいつもは決して脱がないトルコ帽を毟り取ってテーブルに叩きつけ、車引きも顔負けの悪態を吐いた。が、すぐに我に返り、無頓着さを装うことにしたものの、あまりうまくは行かなかった。
「ふん、もうたくさんだ!」と彼は言った。「このことについては、今日はこれぐらいにしておこう。私はゲームをしに来たのだから、ゲームをやりましょう、男爵。でないと、貴重な時間を無駄にすることになりますぞ、いつもお宅が言っておられるように」
パスカルとしても、これ以上聞くことはなかった。彼は男爵と握手をし、今晩また会うことを約束して出て行った。10.31
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