エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XII-21

2024-10-27 08:17:16 | 地獄の生活
競走馬市場というのは、あらゆる種類の詐欺師が暗躍する場であるということは誰しも認めているところである。金に対する鋭い執着心がギャンブル熱やライバルの鼻を明かしてやりたいという見栄と結びつき、あの手この手の術策を生むのである。しかし、このド・ヴァロルセイ侯爵の手口ほど大胆で恥知らずなものは聞いたことがなかった。
 「それで貴方は、大公、何もお気づきにならなかったのですか?」とパスカルは尋ねた。その声にはありありと信じられないという響きがあった。
 「そんなことに私が精通しているとでも思っているのかね?」
 「貴方のお付きの者たちは?」
 「ああ、それは話が別じゃ……私の厩舎の責任者が侯爵に買収されていたとしても、私は驚かんよ」
 「では、どのようにして騙されたとお分かりになったのです?」
「全くの偶然からじゃ。私が雇い入れようと思っている騎手は、私が買ったと思っていた馬のうちの一頭に過去に何度か乗ったことのある男でな……当然の成り行きとして、私はその男に馬を見せたいと思った……ところがその男、馬小屋の前に立つか立たないうちに、こう叫んだのじゃ。『こ、この馬……なんてこった……大公、騙されましたね』と。それですぐに他の馬も調べてみたところ、化けの皮がはがれたというわけじゃ……」
男爵はパスカルよりもカミ・ベイの性格をよく知っていたので、この話を頭から信用することは出来なかった。というのは、唸るほど金を持っているこのトルコ人が、金に対する軽蔑を見せるのは単なるポーズに過ぎなかったからだ……。彼が財布の紐を緩めるのは虚栄心がくすぐられるときだけだった。確かにジェニー・ファンシー(当時評判の高級娼婦としてガボリオの他の作品によく登場する)に千ルイもする首飾りを贈ることは平気でしてのけたが、それは翌日のフィガロ紙やル・ゴロワ(1868年創刊の大衆紙)に彼の気前の良さを語る記事が載るからであった。貧しさに喘ぐ一家の母親に人知れず百スーを与える、というようなことは彼のスタイルではないであろう。
もう一つ彼が見せびらかしたくて堪らないのは、ヨーロッパ中で彼ほど金を騙し取られた人間はいない、という評判だった。しかし、実際彼が途方もないぼられ方をされたとしても、それはわざとやっているわけではなかった。彼にはアラブ人特有の用心深さと吝嗇がちゃんと備わっていたからである。もし彼が二十フラン金貨を二スーで買わないかと持ち掛けられたとしても、やはり法外だ、と叫んだであろう。
「はっきり申しまして、大公」と男爵はきっぱりと言った。「そのお話は、私の耳には貴方のお国で出回っているようなほら話のように聞こえます……。私はよく知っていますが、ヴァロルセイは頭のおかしな男ではありません。二十四時間以内にばれてしまうようなそんなお粗末な不正を行えば、彼の名誉が傷つきます。そんな危険を彼が犯すなどと、考えられますか?」
「他の人間に対してなら、彼ももっと慎重になったかもしれんが、相手が私なら! カミ・ベイから金を騙し取っても危険な目に遭うことはない、とは誰もが知っていることではないか!」10.27

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