アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

ニルヴァーナ覚醒プロセス

2024-05-06 03:37:37 | ジェイド・タブレット

◎ジェイド・タブレット-10-34

◎垂直上昇への仕掛け-34

◎成道の瞬間のスローモーション解析-2

◎モクシャ(実在、意識、至福)から肉体への帰還まで

 

そもそもクンダリニーのエネルギー・コードがブラフマンに突入することが、ニルヴァーナの覚醒である、とまで示したのは、ダンテス・ダイジが空前絶後であって、内丹の柳華陽や古神道の出口王仁三郎はここまで書いていない。

そこでダンテス・ダイジの『ニルヴァーナのプロセスとテクニック』のP93から105までクンダリニー覚醒のプロセスの「2.具体的プロセス」の見出しのみ引用する。詳しくはご自分で当該書を確認されたい。イラストもついています。

 

『1.一般的に1~3人の神霊がやってくる。

 

2.3人のいずれか1人が本人の頭に手をふれる(導師がアストラル体かメンタル体で空中から、本人の封印を切る。)

 

3.サハスラーラ(頭頂)が盛り上がると同時に肉体は機能停止を起こす(盛り上がり確定)。

 

4.ヨニ・ムドラーを始める。肉体感覚は消えてゆく。(意識だけでヨニ・ムドラーをやっていることになる)

 

5.サハスラーラとクンダリニーだけが光っている。

 

6.クンダリニーの覚醒

 

7.クンダリニーの各チャクラへの上昇

 

8.絶対性をもつアートマの光の輪が自分自身であったことに目覚める。

 

9.コーザル体の離脱

 

10.アートマンの上昇

 

11.ブラフマンとアートマンの合一

 

12.回帰の直前

 

13.モクシャ(実在、意識、至福)

 

14.肉体への帰還』

 

上掲見出しについて、いくつかコメントしてみたい。

 

まず、生の部分は、1~3、14であって、死の部分は、4~13。よって4のヨニ・ムドラーが死の世界の入り口になっている。

 

3のサハスラーラの盛り上がりについては、本文でのパドマ・アサナ(蓮華座)の段階か。また1~3では肉体は生存中。

 

一方4~13は死の世界だが、肉体死に伴う諸問題を回避するためかどうかはわからないが、生還のためには、極くごく短時間に発生するものらしい。

ただし、チベット死者の書では、肉体死直後に原初の光(母の光明)を見る時間があるが、これは見る時間が長ければ長いほどよいなどと書いている場合があるが、それは、肉体死直後に生還を期さない場合のことなのだろうと思う。

 

『5.サハスラーラとクンダリニーだけが光っている。』で、下から無感覚になっていくのは、ソクラテスが毒杯をあおった進行と同じ。

 

『6.クンダリニーの覚醒』で、本文に「突如何もかもが崩壊した」とあるが、それが、肉体からの離脱のスタートである模様。

私の肉体も、私の心も私の世界も死んだ、と本文には書いてあるが、これが起きたのは、ここか?

 

『7.クンダリニーの各チャクラへの上昇』の説明で、「プラナ入息とともにコードがはずれていく」とあるが、このコードとはクンダリニーのエネルギー・コードだろう。

挿絵では既にムラダーラ、スワジスターナからコードが外れた状態になっている。

 

『8.絶対性をもつアートマの光の輪が自分自身であったことに目覚める。』

ここまでの部分が宗派や瞑想手法によって違いがある部分なのではないか。以下の段階は各宗派共通の部分ではないかと思われる。

 

『9.コーザル体の離脱』

メンタル体で肉体を出よと言い慣わしているわりには、頭頂外にメンタル体が出て、体外への上昇はコーザル体であって、地球、銀河系と上昇を続ける。

 

『10.アートマンの上昇』

メンタル体意識は消滅し、コーザル体に切り替わって上昇を続け、アストラル界、メンタル界と上昇する。

 

『11.ブラフマンとアートマンの合一』

ここでは、コーザル体が上昇するにつれ、絶対光(ブラフマン、中心太陽)に近づいていくが、その際コーザル体がアートマンであったことに目覚める由。

これは、わかりにくいし、ヴェーダやヨーガ・スートラでは全く説明していない部分。

 

『12.回帰の直前』において「すべてのすべてが私自身であることに目覚める」という。この段階で、すべてのすべてである神が、私自身になった。これが大逆転であり、倒立である。ただしこれは「有」の世界。

 

『13.モクシャ(実在、意識、至福)』

言語では解説していない。

 

『14.肉体への帰還』

エネルギーに満ちた光のシャワーが肉体に注がれ、曰く中心太陽のエネルギーが肉体内の全チャクラを調整、復活させるという。

これにより、肉体死によって起こる肉体の側の諸問題は解決されるのだろうか。

 

以上でコメントを終わる。


これら一連のプロセスは、次のような理由で全体で数秒程度しかかからないのではないかと推理している。
1. 臨死からの生還では、全身虚血と再灌流症候群が問題なので、臨死状態は短時間であることが望ましい。
2. ニルヴァーナではないが、某人がさる異世界を往還するという体験をした直後、ダンテス・ダイジが、某人に激しいダンスをするよう命じたことがある。その往復時間をダンテス・ダイジは数秒と述べている。
3. ムハンマドの夜の旅で、預言者ムハンマドはある日、自宅から天に昇り、神に出会い、帰還した。その所要時間は、「倒した水差しの水は流れ続けていた」とのことなので、数秒と思われること。

以上によりこの一節の見出しが、「成道の瞬間のスローモーション解析」となっている

また、これら一連のプロセスは、史上初めてダンテス・ダイジが発見したオリジナルなものではなく、古代から存在したタントリズムあるいは密教系の伝統の技法であって、ここまで開示を許されてこなかったもの。
例えばパタンジャリのヨーガ・スートラには、
『3.43 「大脱身」とは粗雑な肉体を離れ、想像を超えたところで機能する技法である。 大脱身を遂行することで、輝きを覆っていたものは壊される。』
(現代人のためのヨーガ・スートラ/グレゴール・メーレ/Pxivから引用)
とあり、漠然ではあるが、この脱身のプロセスが表現されている。

またクンダリニーは軍荼利に、絶対光(中心太陽)は大日如来に漢訳されていることで,この技法は、チベット密教、中国密教、日本密教に継承されているのだろうと思う。

なお、密教系カルトというものは、呪術・祈祷・霊能力・霊能力に近いが故に歴史上何度も発生してきている(真言立川流など)。よって密教系カルトのネタ本というのは、密教経典全般ということになるが、そういう言い方は真摯な密教者にとって不本意なことである。

閑話休題、『ニルヴァーナのプロセスとテクニック』の特筆ポイントは、「呪術・祈祷・霊能力・霊能力などを私に都合よく利用しよう」という世俗部分の可能性を残していることでなく、「人間が神仏へと逆転するプロセスとテクニック」を明らかにしたところである。
そしてまた、「人間が神仏へと逆転するプロセスとテクニック」こそは、21世紀に冒険者が目指すにふさわしい未踏の秘境であり、かつまた真摯な科学者が研究を尽くすべき未知の深奥である。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 田中陽希GreatTraverse-7 | トップ | 救いの一直線の光り輝くエネ... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ジェイド・タブレット」カテゴリの最新記事