アヴァターラ・神のまにまに

精神世界の研究試論です。テーマは、瞑想、冥想、人間の進化、七つの身体。このブログは、いかなる団体とも関係ありません。

隙間理論の断片

2024-10-17 05:32:59 | 覚醒のアーキテクチャー

◎見守ることを通して奇跡が起こる

 

意識の流れと言えば、小説家のジェイムズ・ジョイスやマルセル・プルースト。若い時に読んで全然面白いとは思わなかった。

意識の流れ、心理の流れといえば、精神方面のことであって、物質方面、現実のできごと方面のこととは、まず思わないのだろうが、実はそこにのっぴきならない、ままならない現実がある。

 

ニルヴァーナ、悟りは、物質でもなく、心理でもなく、精神でもなく、感情でもないことを原始仏教の9段階説は示しているのだが、OSHOバグワンは、ここに現実とは、ニルヴァーナがはさみ込まれていることを示す。

その発想は、ヨーガ・スートラを描いたパタンジャリもそうだっただろうとOSHOバグワンは見ている。時間とは、〈現象〉〈現象〉〈現象〉とのべつ幕無しに進行しているわけでなく〈現象〉〈隙間〉〈現象〉〈隙間〉〈現象〉と進行しているのが、隙間理論であって、古代インドのパタンジャリの見方。この〈現象〉には、心理も意識も感情も現実の出来事も含まれる。〈隙間〉の存在に気づけば、〈現象〉〈隙間〉〈現象〉〈隙間〉〈現象〉の全体が意識の流れであって、その時ウパニシャッド以来の求道者にとってほとんど最後のテーマである『睡眠時の夢のない時間帯こそ神』に至る。

 

以下は、OSHOバグワンの隙間理論に関する断片。

『至福 BLISS

 

至福はかぐわしい香りだ。 それをじかに手に入れることはできない。あなたはバラの繁みを育てなければならない。バラの花が咲いたら、香りは自然に放たれる。至福は瞑想のかぐわしい香りだ。瞑想とは、もっともっと静かになることだ。

 

喧しい人は至福に満ちることができない―――彼には沈黙の音楽が必要だ。だが私たちの心はあまりにも騒がしい。私たちは頭のなかにまるごと世間を、あらゆるたぐいのガラクタを持ち運んでいる。しかも私たちはひとりではなく、内側では群衆、多くの人々であり、彼らは絶え間なく口論し、闘い、互いを支配しようとしている。心の断片のひとつひとつが優位に立とうとしている。絶え間のない内なる政治がある。この絶え間のない内なる戦争のなかに至福を見つけることはできない。

 

至福は、この絶えざる戦争がやんで初めて生まれてくることができる。それを終わらせることはできる。それを超えることはそんなに難しいことではない。必要なのは〈気づき〉だけだ。私たちはこの打ち続く現象全体に気づいていない。それは底流のように内側で続いている。私たちはほとんどそれを意識していない。昼も夜もつねにそこにあるが、私たちはそれに意識的ではない。

 

それに意識をもたらしなさい。ゆっくりと、喧騒の微妙な層を見守っていると、だんだんとあなたは頭のなかに精神病院と見まがうばかりのおしゃべりがあることに気がつくようになる。私たちはこの悪夢のなかに暮らしている!

 

見守ることを通して奇跡が起こる。見守ることができたものはすべて消えてゆく。それが蒸気のように消えてなくなる瞬間、あなたのもとには深い静寂が残る。最初のうちは間合い、思考がやんだときの小さな透き間、実在を見ることができる小さな窓があるだけだ。だが、この透き間は少しずつ大きくなってゆき、もっと頻繁に来るようになり、そしてもっと長くそこにとどまるようになる。

 

この透き間は古代の神秘家たちによって割りだされてきた―――私は彼らにまったく同意する―――四八分間、まったき沈黙のなかにとどまることができるなら、その人は光明を得て、絶対的な至福に満たされるようになる。そうなればそれは永久に続き、あと戻りすることはない。あなたは彼方へとおもむき、時間とその移ろいゆく砂原を超えた場所に到達している。永遠なるものの岩盤に到 達している。人はここで初めて自らの不滅性を了解する。

これがサニヤスの究極の目標だ。

 

THE GOLDEN WIND』

(英知の辞典/OSHO/めるくまーるP275-276から引用)

 

現象が、蒸気のように消えるのは、色即是空。

この隙間は最初小さいとは、クリシュナムルティも釈迦も空海もこの隙間であるニルヴァーナを明星と見ていたが、やがて大きくなっていったことを指すのだろう。

 

この透き間がだんだん大きくなって、毎日来ていたのが、クリシュナムルティのotherness

 

48分間、隙間・ニルヴァーナに居られれば不退転となるとは、計測していたのだろう。

 

悟りに必要なのは、隙間への〈気づき〉だけだ。

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梁野人-2

2024-10-16 03:35:29 | 冥想いろいろ

◎梁戴は宿に大量の黄金を置いて屍解する錬金術師

 

ところが梁戴の兄の顔は、その時州の太守となって居たが、ある日突然弟の梁戴が訪ねて来たので、顔は大いに喜び、早速酒を出して共に快く飲んであった。その時顔は弟が身にボロを着て居るのを見て不憫に思い、新しい衣を出して彼に着せてやると、彼は稍や不機嫌らしい顔をして、平生山林に生活して居る我々風情の者は、唯だ精神の修養を重んじて形骸のことなどはもとより念頭に置いて居ない。美しい衣、美しい邸宅等は我々から見れば、あたかも糞土にも劣った物であると言って兄が親切に留めるのを振り払って、そこを辞し、その夜はとある旅舎に泊った。

 

然るにその夜半になって蔵の座敷で夥しく金銭の響がするので、宿の主人は不審に思い、彼をばてっきり盗賊の類と思い込み、ひそかにその座敷を覗いて見ると別に何のこともなく戴は酒に酔って快くそこに寝て居た。

 

然し主人が此方へ帰って来ると、再び梁戴の居間で、前の如く金銭の響きがするので、再び行ってその居間を覗いて見ると、矢張り何の変事もない。

そこで主人は益々不審を抱き、翌朝梁戴が起き出て立去るや否や、急いで件の座敷へ駆け込んで見ると、驚いた。

 

壁の側に黄金が夥(おびただ)しく積み重ねてあって、その上に兄の太守に宛てた手紙が一通添えてあった。

 

そしてその手紙の中には、自分は野に育った人間で、松風蘿月は即ち自分の無二の伴侶で、天にある青空は即ち自分のための屋蓋、大地は即ち自分の寝床である。気が向けば何十年とそこに留るけれど、一度嫌になってしまえば十年の住家も弊履の如く捨て、復た他の気に入った場所を探し求める。かくの如く自分は今日は東、明日は西と流れ歩く浮草の身で、もとより一定の住家もなければ、自分のことは今日限り長く思い切って、唯だ国家のために長く自愛せられんことを望む。かくてまたここに積んである金は、夫々貧民に施して貰いたい。それから又自分のこれまで愛用していた弊衣をここに脱ぎ捨ててあるから、これを自分の形見として永く取っておいてくれるように書き認めてあった。

 

そこで彼が脱ぎ捨てた衣を観るに、散々に裂け破れて居るけれど、一種言うに言われぬ佳い香気がして、如何にも世間普通の物とは異なって居た。そしてその後彼の室をよくよく検べて見ると、屋根の瓦が二三枚剥き取られて居て、どうやら彼はそこから天上へ飛昇したらしい形跡があったということだ。

 

梁戴は、兄から新品の衣をもらったことをきっかけに、行雲流水の生涯を終え、大量の黄金を置いて屍解した。梁戴の以前の放蕩は、この世的な欲望に別れを告げるためのものだったのだろう。

 

これは、一休宗純の親友一路居士が、托鉢の食事入れに馬の沓(くつ)が入れてあったのを見て亡くなった事績に似る。

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梁野人-1

2024-10-15 03:31:09 | 冥想いろいろ

◎無際限の富を得て酒食乱倫に使う

 

梁野人、名は戴、長沙の人である。彼の父兄は共に儒学を治めたけれど、彼のみは独り仙道を学び、日夜研鑽して鉛汞修煉の術を得た。

 

三清殿の後苑に一の銅像があって、ある日、彼はその下に憩って居ると、頻りに唾気が催して堪えられぬので、ふとウトウトとすると夢に長さ一丈あまりの金人が現れ、右の手に一個の金貨を持って、それを彼に与え、あなたがもし銭が欲しいと思う時は左の手を袖の中へ突込み劇(はげ)しく手を振動かせば銭はいくらでも欲しいと思うまで出て来るであろう。但しこの事は決して他人に漏らしてはならぬぞと言う かと思うと、その姿はたちまち消え失せて了った。

 

梁戴は、夢が醒めてからもなお精神恍惚として居たが、しばらくたって我に

返って見ると、左の手が少し痛みを感ずるので、おそるおそる掌を見ると、うすぼんやりと銭の形がその上に現れて居た。

そこで試に左の手を袖の中へ突込んで、二、三度はげしくゆすぶって見ると忽ち銭が袖の中に一杯になったので彼は大いに喜び、その日は何喰わぬ顔をして家へ帰って来た。

 

而してその後、彼は益々放蕩に身を崩し、到るところの酒樓に流連して居たので、彼の母はそれを見て大いに心配し、兄の顔は、幼少の頃から学問して進士の試験にも及第し、今は位高き身となって居るのに、お前のみは益々放蕩に身を持ち崩すとは何たる浅間しいことであるぞと言って、時々彼を戒めて居たが、彼は母の言葉などは少しも意に介さなかった。而してその後久しく経つと、彼はにわかに家を飛び出して諸方を遊び廻り、前後十二年計りの間は何の音沙汰もなかった。

 

どんな人でも人生のうちに少なくとも1回は、袖の中に大金がわくようなことはあるものではないだろうか。

だが、どんなに徳を積んでも3回も王に生まれ変われば、過去世で積んだ徳を使いきってしまうという。

 

梁戴は、真摯な冥想修行者だったが、欲しいだけ銭が湧く袖を手に入れて放蕩して、元の黙阿弥になったのか、最後に残った現世的欲望を叶え、すべてを捨てる準備としたのか。ニルヴァーナに向けて回り道をしたのか。

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張先生

2024-10-14 03:38:48 | 浅い霊感から神人合一まで

◎ある草で鉄を煮ると銀に変わる

 

張先生は、貴池の人である。幼少の時に一人の異人に逢って仙術を授けられ、斉の国の山中に草廬を構えてそこに住んでいた。

 

彼は平生極めて無口な男で、終日ただ室の中に端座して神を煉ることに努めていたが、頭髪は黒く光沢があって漆のごとく、肌理は艶々していて玉を並べたようであった。

そうして宋の政治年間に屍解仙化してしまった。

 

めん陽というところに蕭行美という者がいて、90歳になったが孜々として道教修行をやめず継続していた。

ある日対融山に遊んで一人の老人に逢った。その時件の老人は自ら張先生と名乗り、傍らの路側に生えていた草を指して、「もしこの草を持ち帰って、これで鉄を煮るならば、化して銀にすることができる」と告げ、最後に「ただこの事を決して他人に悟られないように注意せよ。」と戒めた。

そこで彼は教えられたとおり、件の草を持ち帰って自分の庭に植え、その葉を刈り取って鉄を煮ると果たして、すべて銀に変化してしまった。

 

ところがこのことは、誰言うとなく広く世間に広まってしまった。しばらくすると、ある晩にわかに風雨が起こって、いつの間にか庭に植えておいた件の草をいずこへか押し流してしまった。

そこで彼は、再びかの対融山に登って件の草を捜し求めたけれど、どうしたわけかそこにはかほど多かった草が今は一本も見当たらず、空しく山を下りてきたそうだ。

 

張先生は、一日のほとんどを坐っていたのだろうから、すでに相当の境涯の人。生涯求道に熱心だった蕭行美は、晩年に大量の銀を与えられたのだろうが、神様のお気に召さない使い方をしたのだろうか、鉄を銀に変ずる草のことはそれとなく漏れたのだろう。

 

蕭行美は、悟境を試されたのだろうが、金銀への執着を残しており、すべてを捨てる準備はできていなかった。銀のために一生を冥想修行に打ち込んできたわけでもあるまいに。

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クラリネットの一音だけで奏者の人生を知る

2024-10-13 03:29:50 | 冥想いろいろ

◎音をきっかけに自分の奥底をのぞき込む

 

著者のピーター・バスティアンは、デンマーク人のバスーン奏者にして、巨匠チェリビダッケの愛弟子。ハタ・ヨーギ。一日、彼は、ブルガリアのクラリネット奏者を訪問することにした。彼は、クラリネットの一音を聞いただけで、奏者の人生のすべてを直観した。

 

『-音-

 

七〇年代の中頃、私はレコードで聞いたジョルジ・コエフという名前のブルガリアのクラリネット奏者を追いかけたことがある。私は先生のニコラ・ヤンコフから彼の居場所を聞き出し、捜し回ったあげく、ブロヴディフの近郊の小さな村の外で彼を見つけた。突如、車のヘッドライトのなかに浮かび上がった彼は、錆だらけの自転車を引いていた。

通訳は車から飛び出すと、すさまじい勢いでデンマークとブルガリアの文化的協調や、テーブ録音やラジオ・デンマークなどといったことについてまくし立てた。コエフは冷たい調子でいくら払うつもりなんだと尋ねた。通訳が口ごもりながら何とか口実を見つけようとしていると、コエフはこう言い残すと踵を返して行ってしまった―「豚を見に行くところなんだ。デンマークとブルガリアの文化的協調とやらに時間を割いているひまはないね」。がっかりした私は通訳を暗がりに引っ張ってゆくと彼女の音楽的センスのなさを罵り、コエフを追いかけて行って自転車の前に立ちはだかると彼のメロディの一つを口笛で吹いてみせた。

 

-突然、ほんの一瞬だが、彼は天使のように微笑むとこう言った、「金曜日の朝の九時に、五分間だけ吹いてやろう」。彼は行ってしまった。

 

金曜日、午前九時の朝日のなか。――私たちは庭の小道をたどって、コエフに出会い、彼は通訳に何やらぶつぶつと言うと、どこかへ行ってしまった。わけも分からず家のなかに入って行くと、そこでは二人のジプシーが気違いじみたテンポで、まるで競争のようにアコーディオンを演奏していた。私たちは部屋の真ん中にあるストーヴのそばに座ると、いったいどうなるのだろうと戸惑いながら待っていた。ジプシーたちは首から汗を滴らせながら、白熱した演奏を繰り広げていた。

突然、コエフがイチゴを山盛りにした器を持って部屋に入って来ると、顔の一方で通訳に何やらぶつぶつ言い、もう一方で残りの者たちに微笑みかけ、またあたふたと部屋から出ると、外から扉の錠前を掛けてしまった。

 

一時間後、彼はクラリネットを手にして戻ってくると、私たちの向かい側に座ってじっと私をにらみつけた。彼のクラリネットに手を伸ばすと、まるで彼の体の大事な部分をつかんだかのように手をぴしゃりと叩かれた。私たちは長いことひどく気まずい思いをしながら座っていたが、やっと彼は自分のクラリネットを取り上げた。それはずいぶん古めかしい、ハンダや真鍮やプラスチックや蜜蠟などで修理された代物だった。マウスピースは固定されて動かないようになっていて、すっかり歯形が付いているし、太さの違う何本もの糸をマウスピースとリードの間に巻きつけて、リードに適当な透き間ができるようにしてあった。

 

調子合わせに数音を吹いたが、それだけの音のなかにも何か私を完全に変容してしまうものがあった。一音を数秒間吹いたが、ただそれだけで、私はこの人がどういう人でどのような人生を生きてきたのかが分かった。私自身の生きた人生が内側で微かに震えているかのようだった。』

(音楽の霊性 ニューエイジ・ミュージックの彼方に/ピーター・バスティアン/工作舎P62-63から引用)

 

これは、ピーター・バスティアンの小悟。

この話で思い浮かべるのは、無門関第二十九則 非風非幡。六祖慧能禅師が、広東省広州の法性寺で法話を聞いていたところ、風に揺れる幡(はた)を見て、二人の僧が「あれは、風が動いているのだ。」、「あれは、幡が動いているのだ。」と言い争って収拾がつかない。

六祖慧能は、「風が動くのでもなく、幡が動くのでもない。ただあなたの心が動いているだけだ。」と言ってのけた。

 

クラリネットの一音はきっかけに過ぎず、そこからピーター・バスティアンは、自分の奥底をのぞき込んだのだ。

 

占い者は、自分を鏡のようにして、占いをきっかけに自分の奥底をのぞき込む。

タロット、ルノルマン、易、オラクルカード、ホロスコープ西洋占星術、紫微斗数、四柱推命であっても。

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能と禅

2024-10-12 07:01:26 | 達磨の片方の草履

◎霊界止まりでなく、一足飛びに脱落

 

昔、能楽とはどんなものかということで謡曲集を読んでみたが、霊界止まり気味であって、あまり感心しなかった。

 

薪能の由来の一説に、一休禅師の時代に京田辺市薪里で能をやったのが、薪能の始まりという説がある。この薪の里の口伝によると、そこで金春太夫が舞ったから薪能という。京田辺市には、一休の寺酬恩庵がある。

 

また一休の塔頭大徳寺真珠庵には、観阿弥、世阿弥の墓があり、今の観世の家元が墓参に来るという。

一休には、大徳寺で大勢の僧が大燈国師の忌日に読経をしている声がする中、愛妾を真珠庵?に連れ込んでセックスにふけっちゃうという漢詩がある。悟った人がセックスにふけって何が悪い。カーマ・ヨーガである。

 

霊的に言えば、確かに一休には、無常の自覚から逃げないで無常を見つめるという方向性の歌はある。だがそれは、禅の本道ではあるまい。一足飛びに飛び込むのだ。

当時は応仁の乱の頃であって、山野に死体や飢人を見ることも普通だったろう。慈悲と無常の実感で入っていくなら蓮如の念仏がよい。一休も晩年念仏に帰依した。だが、は違う道。

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ダライ・ラマの託宣僧ネーチュン―3

2024-10-11 03:53:25 | 浅い霊感から神人合一まで

◎ネーチュンという未来予知システムの功罪と限界

 

『やがて彼は助手に助けられ、わたしの前に設けられた小さなスツールに坐り、トランス状態に入ってゆく。一回目の祈りが終り、二回目が始まるにつれ彼の恍惚は深まる。この時点で巨大な冠が乗せられる。冠の重さは約一四キロだが、かつては三六キロ以上もあったのだ。

 

さて、“クテン"の顔が変ってくる。荒々しい顔付きになり、やがて目が飛び出し頬が膨らみ、ぷーっ、ぷーっと荒い息を吐きはじめるとまったく違った形相を帯びてくる。息が短くなり、しゅっ、しゅっと激しい音を発しだす。と、一瞬彼の呼吸が止まる。この時点でもし本当に真実何かが起こらなければそのまま窒息してしまうにちがいないと思われるほど、冠が物凄くきつく締め直される。憑依は今まさに完成し、彼の肉体的限界が明らかに乗り超えられてゆくのがわかる。

 

彼は突如〝跳ね上がり、助手が差し出す儀式用佩刀をがっしりと握り、ゆっくりと威厳をもって、だがどこか威嚇的足取りで踊りはじめる。そしてわたしの前に来、全身伏拝し、巨大な冠が床に着くまで深々とお辞儀したかと思うや、一四キロを越す冠、三〇キロ以上の全装身具の重量もものかは、ぱっと飛び退る。あたかも体がゴムでできており、強力なぜんまいバネで動いているかのような柔らかで軽々とした動作をする。”クテン“の、あのひ弱な体内のどこにこんな爆発的神霊エネルギーが潜んでいるのだろうか。

 

それからネチュンとわたしの交感が始まり、ネチュンは儀礼的供物をわたしに捧げる。ついでわたしの質問があり、彼が答え、それが終るとスツールに戻り、閣僚たちの質問に耳を傾ける。それに答える前、彼は剣を頭上に振りかざし、ふたたび踊りはじめる。その姿は堂々とし、古の恐るべきティベット武将を彷彿させる。

ドルジェ・ダクデンが語り終えるやいなやクテンは最後の供物を捧げ、みるみる崩れ落ち硬直した生命なき姿を象り、憑依の去ったことを告げる。と同時に助手が大急ぎで駆け寄り、固く結びつけられている冠のひもを解き、儀式が続行しているかたわら、彼を蘇生させるため別室に運び去る。

 

そういうと驚くだろうが、お告げ師の答えが曖昧なことはめったにない。ラサ脱出の場合でもそうだが、彼は非常に明快であった。』

(ダライ・ラマ自伝/ダライ・ラマ/文芸春秋p262-263から引用)

 

この段は、トランスに入ると重い装束・冠をつけていても踊れるということに眼目があるわけではない。

 

天下国家について神託を受ける場合は、よりましの身魂が極めて清浄であることを要する。出口王仁三郎に言わせれば、ほとんど神様のような水晶身魂のような霊魂を有する人に大神(主神)が憑依してきて、天下国家の一大事を警告するものであるという。

※『大神の憑依さるる場合は天下国家の一大事を人界に警告さるる場合に、有徳の人、殆んど神様のやうな水晶の如うな霊魂を有する神人に依りて、神憑の手続を採らるるのである。』(大本史料集成2第1部明治・大正期の運動-第1章 出口王仁三郎関係文書 随筆『神霊界』大正8年8月1日号掲載から引用)

 

チベットへの中国侵攻とチベット密教の伽藍、信者、信仰の破壊は、ネーチュンに予告されていたが、結局避けることはできなかった。

平和、平和と言っているうちに亡国となったチベット。日本は他山の石とすべきだが、国家全体が弛緩しきっているといわれても仕方のないところがある。

日本は、まともなネガティブ予言は秘してあまり広めないところがある。なぜなら、当たるネガティブ予言が公表されれば、国民はやる気を失ったり、パニックになったり、一儲けしようと思ったり、外国に逃げようと思ったり、あまりためにならない結果が見えているからである。

 

また気がついてからは遅いということもある。

 

チベットはネーチュンという立派な未来予知システムを持っていたが、結局チベット高原を追われることになったという現実は重い。

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ダライ・ラマの託宣僧ネーチュン―2

2024-10-10 03:50:25 | 浅い霊感から神人合一まで

◎ネーチュンは非常に控えめで峻厳

 

ネーチュンの予言の実際。

 

ダライ・ラマとネーチュンは、親密であった。

『こうした親愛さはあっても、ネチュンはわたしに対する敬意をつねに示していた。摂政時代の最後の数年間のように、政府との関係が悪くなったときでも、彼はわたしに関する質問にはどんなときでも心から反応してくれた。だが政府の政策に対する彼の反応は無残なものであった。ときには辛辣な高笑いだけのこともあった。わたしが十四歳のとき起こった出来事をよく覚えている。中国のことについてネチュンが問われたときのことだ。直接答える代りに、“クテン(霊媒)"は東方を向き、激しく前に体を曲げはじめた。見ていて恐ろしいほどだった。というのは彼の被っている巨大な冠の重さで首の骨が折れるおそれがあったからである。彼はその動作を少なくとも十五回は繰り返し、危険がどの方向に迫っているか疑う余地もなく人びとに告げ知らせたのである。

 

ネチュンを扱うのは決して容易いことではない。彼が口を開くまでいつも時間と忍耐を要した。非常に控えめで峻厳であり、まるで古の大長老を思わせた。彼は些細なことは無視し、関心はもっぱら大きな問題に向けられた。だから質問もそれに合わせて考える必要がある。彼はまた好き嫌いがはっきりしており、しかもおいそれとは表に出さないのである。

ネチュンは自分の寺をダラムサラにもっているが、ふだんは自分から出向いてくる。公式の場では凝った七重の衣をまとい、いちばん上は、赤、青、緑、黄色の古代模様で飾られた、豪華絢爛な金の錦織のローブで着飾る。胸にはトルコ石とアメジストの束で囲まれた大きな鉄の円鏡を下げ、ドルジェ・ダクデンを表わすサンスクリット・マントラ文字が、磨き上げられた鉄鏡にきらきら輝いている。儀式が始まる前に彼は四本の幢幟(のぼり)と三本の勝利の幟を支える一種の背負い皮のようなものを身につける。すべての装身具の重さは総計三二キロを越え、トランス状態にないときはほとんど歩けないほどだ。』

(ダライ・ラマ自伝/ダライ・ラマ/文芸春秋p260-261から引用)

 

この引用文では言及がないが、ネーチュンは、観想法を多用しトランスに入るようである。

 

浄土真宗東本願寺の “ヘッドバンキング“坂東曲(ばんどうぶし)は、トランス誘発を想定したものである。ただし総重量30キロに及ぶかぶりものなどはつけない。

 

またトランスに入りさえすれば、首の骨折などの怪我がないなどとは言えない。

 

スーフィの円舞もトランス誘発を想定。

 

トランスと言っても低級霊憑依、高級神霊憑依などいろいろなバリエーションがあって、究極に入るかどうかは、このトランスでは問題になっておらず、ただ歴代ダライ・ラマの個人的守護者であるドルジェ・ダクデンが登場してくるかどうかだけが問題である。

 

そして大きな鉄の円鏡。これは、タロットでも自分が鏡になることを要求されるホドロフスキーの心得と同じ。自分が鏡になって、未来をありありと写し出して見せるのだ。

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ダライ・ラマの託宣僧ネーチュン―1

2024-10-09 07:06:52 | 吉凶禍福、占い、癒し

◎ダライ・ラマは審神者、ネーチュンは依代。

 

ダライ・ラマは、重要な決定を迫られる場合は、国営託宣僧ネーチュンにトランスに入らせ、ドルジェ・ダクデンをその身に憑依させ、質問に対する回答を行わせる。ダライ・ラマは、チベット脱出時にもネーチュンを用いたという。

ダライ・ラマという覚者であっても、自分で自分の寿命を延ばせるような人物でも、そういうものを使うことがあるのだ。

というよりも、ダライ・ラマは、ネーチュンよりも上位者なので、審神者。依代ネーチュンには、当然に審神者が必要ということか。

 

『オラクル(神託、予言者、お告げ師)"という言葉が誤解を招きやすいという点である。 オラクルは予言力をもつ人という意味で使われるが、それは間違っている。ティベットの伝統では、自 然と精神領域間の媒体として行動する一定の男女――ティベット語でクテン、つまり文字どおり“身体の基”を意味するがいるということなのだ。また指摘しておきたいのは、オラクルは普通、人間として語られるが、便宜上そうしているにすぎない。もっと正確にいえば、彼らは、 特定の事物(たとえば像など)に結びついた“霊”といいうるのだ。 しかし、これを、独自の実体をもつ、外的存在を信じているというふうにとらえてはならない。

 

以前にはティベット中に何百人というお告げ師がいたはずである。今はわずかに残っているにすぎないが、最も重要な存在―ティベット政府が登用している―はまだ健在だ。もちろんその筆頭が“ネチュン”である。彼を通してダライ・ラマの守護神の一人、ドルジェ・ダクデンが現示するのである。

 

ネチュンはもともとバタホルという中央アジアの地に住んでいた、インド人の聖者ダルマパラの子孫とともにティベットに移住してきた。八世紀のチソン・デツェン国王の統治時代、インド・タントリックのグル(師)であり、ティベットの精神的守護者であったパドマサンバヴァによってネチュンはサンミヤ僧院の保護者に任命された(サンミヤは事実上ティベットで最初に建てられた仏教寺院で、別のインド人学者、シャンタラクシタ院長によって創始された)。というわけで二世ダライ・ラマは、ネチュン――この頃にはデプン僧院と深い結びつきをもっていた――と親密な間柄になり、それ以来ずっとドルジェ・ダクデンが歴代ダライ・ラマの個人的守護者となったのである。』

(ダライ・ラマ自伝/ダライ・ラマ/文芸春秋p259から引用)

 

憑依する神霊は、歴代ダライ・ラマの個人的守護者であるドルジェ・ダクデン。ダンテス・ダイジも評価するチベット仏教の創始者パドマサンバヴァがこの神霊を定めた。

ドルジェ・ダクデンは、将来問いたいことについて仮にドルジェ・ダクデンという高級神霊として見えるが、個別高級神霊としてドルジェ・ダクデンが存在しているわけではないのだろう。この辺は、ダライ・ラマ幽霊非有機的存在)についての見方が参考になる

8世紀は、唐代の道教、仏教隆盛に加え、パドマサンバヴァがチベットに入った偉大な時代だった。

現ダライ・ラマ14世は最後のダライ・ラマ。そう自称し、予言しているのは、時代の終わりを控え、その境涯の高さを裏付けていると思う。

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チベットの託宣僧制度

2024-10-09 03:57:50 | 密教neo

◎観想法からトランス

(2010-07-14)

 

ダライ・ラマのインド亡命以前は、チベットに全国的な託宣僧(ネーチュン)制度というのがあった。

 

託宣僧(ネーチュン)の根拠地は、ラサのネーチュン僧院である。そこでチベットの護法神ペハル・ギャルポとその最も重要なチベットへの使者ドルジェ・タクデンとの霊的コンタクトを、一日4回、毎日8時間にわたる観想法を中心とした儀式を通じて行っていた。

 

熟達した託宣僧(ネーチュン)は、この儀式によらず、平素の祈りのなかでもドルジェ・タクデンを見ることができる。国王の要請により託宣を行う時は、託宣僧(ネーチュン)がトランスに入り、ドルジェ・タクデンがその託宣僧に憑依した状態で予言を告げる。

 

よってその予言がはずれることはない。超長期予言ははずれることもあろうが、短期的な予言については、はずれることはありえない。この点でネーチュンの託宣は、日本の中国占術の大家佐藤六龍氏の「占いは当たらないものだ」という世界とは全く異なる世界にある。

 

だから託宣僧(ネーチュン)は、先代ダライ・ラマ13世の逝去も、ダライ・ラマ14世になってからの中国軍の侵攻もきちんと予言してきている。

 

ドルジェ・タクデンは、ダライ・ラマ以外のすべての人間の上位に位置し、ダライ・ラマに対しては従順である。つまりダライ・ラマだけの託宣の要望を受け託宣を行う。

 

ネーチュン僧院は、全国何千もの神降ろしと神を抱える全国組織の頂点に立ち、年に一度ネーチュンのトップである神託官の10回にわたるトランスをメイン・イベントとする3週間にわたる祭典が執り行われ、首都ラサに全国から数千人の巡礼者を集める。

 

このチベットの護法神ペハル・ギャルポを中心とした組織は、チベットへの仏教の伝来者パドマサンバヴァが整備したものとされ、当時、先住のボン教などと新来の仏教系の僧と神霊の棲み分けの必要があったが、宗教界の人間も神霊界も合わせて体系づけたものであった。具体的には、各僧院の中に、護法神ペハル・ギャルポの神座を設けた。このように護法神ペハル・ギャルポを中心とするネーチュン制度はその根幹であり、20世紀まではしっかりと機能していた。

(以上参考:雪の国からの亡命/ジョン・F・アベドン/地湧社)

 

トランスにより神託をうかがうのは、古神道の帰神である。審神者がいたかどうかわからないが、神託官に対しては、ダライ・ラマが上位となることから、ダライ・ラマが審神者の立場になるのであろう。

 

日本でも文字の歴史が残る奈良時代より前の時代は、こうした帰神者が組織的に領内に配置されている神託国家というべきものがあったのではないかと想像される。それが今記録として残るのは、神功皇后の神がかりの一文程度というさみしい状況にあり、出口王仁三郎などの実力ある古神道家がそれをして、「伝統」と呼ぶが、衰微してもあり、出口王仁三郎が大正時代に見切りをつけたように、価値観多様化、情報過多の今の時代にはマッチしないやり方になったのだと思う。

 

ただ古神道の帰神の原型を知るヒントにはなるように思う。

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脳内麻薬-ソーマ・パイロットの言葉-6(完)

2024-10-08 03:27:11 | ダンテス・ダイジの風光

◎君はあらゆるものとともに死ぬ

 

『ソーマ・パイロットの言葉』の続き。

 

『君はつねに今から

まったく新しく出発する

 

言うことがない

考えることがない

することがない

 

君は

いちばんなつかしいところにいる

 

さあ、つきあいなぞ

どうでもいいから

君のマントラでも公案でも合唱せよ

それとも

叫べ!

静けさもない

冥想に入ろう

今が お買得のチャンスだよ

 

君は何がほしいんだ?

君は何がほしいんだ?

君は何がほしいんだ!

 

私は何を求めているのかなぞと

つまらないことを考えないでくれ

 

時間はない

私は無い

 

何もかも無いということを

考えてもしようがない

何もかも無い それ自身だ

 

君は

あらゆるものとともに死ぬ

君が

もともとありもしないここに

あらゆるものが

戯れている

 

マインド・ゲームという

どうどうめぐりのトリックに

だまされるなよ

マインドゲームを

考えるくらいなら

「マインド・ゲーム!」と

大声でどなったほうがましだ

 

よう

いい役

演じてるじゃねえか

 

君は君に出会っている

 

どうしようもない恐怖は

おまえだ

どうしようもないすてきさは

おまえだ

その他すべては

おまえだ

 

ドラッグ・トリップはない

目ざめよ

果てしなき流れにいる

 

ソーマは今ささやいている

「おかえりなさい、

ここが君のわが家だよ」

 

ソーマ・アムリタ・ソーマ

ハリ・オーム・ソーマ』

 

(メディテーション/トラベル・ガイド/ダンテス・ダイジから引用)

 

上掲『君はつねに今から

まったく新しく出発する』とは、過去も現在も未来もいっしょくたになった今しかないから。

 

上掲『言うことがない

考えることがない

することがない』とは、想念停止

 

今ここと言えば、無味乾燥だが、上掲『君は

いちばんなつかしいところにいる』なら情感あふれる。

 

上掲『君は何がほしいんだ?

君は何がほしいんだ?

君は何がほしいんだ!

 

私は何を求めているのかなぞと

つまらないことを考えないでくれ』とは、最深の願望に気づくべく努力するが、窮極に目覚めれば、自分勝手な努力なしで自ずと自分らしい生き方に気づくことができること。

 

上掲『君は

あらゆるものとともに死ぬ

君が

もともとありもしないここに

あらゆるものが

戯れている』

自分と自分の宇宙、自分の世界、自分の人間関係、自分の社会的地位・名誉、自分の家族、自分の財産など自分をとりまくあらゆるものが死ぬ時、自分個人はすべてのすべてへと逆転する。さらに一歩進んで、ニルヴァーナに到達して、戻ってくれば、上掲『もともとありもしないここに

あらゆるものが

戯れている』を確認することができる。

 

上掲『君は君に出会っている』とは、当初は君は君に出会っていないが、後に君は君に出会うということではない。最初から『君は君に出会っている』ことに気づくだけということ。

 

上掲「おかえりなさい、

ここが君のわが家だよ」とは、無何有郷である。

 

旅人と わが名呼ばれん 初時雨

(芭蕉)

 

さてこの『ソーマ・パイロットの言葉』の表題には、脳内麻薬という言葉が入っている。その理由はこのような仮説である。

 

人間は、クンダリーニ・ヨーガ修行により、ある特殊な脳内麻薬を作用させることによりクンダリーニのエネルギー・コードを上昇させ、個はすべてのすべてに逆転しニルヴァーナに突入する。

 

人間は、只管打坐修行により、ある特殊な脳内麻薬を作用させることにより身心脱落し、個はすべてのすべてに逆転し、ニルヴァーナに突入する。

 

あるいは、人間は、ソーマ・ヨーガ修行により、ある特殊な脳内麻薬を作用させることにより、あらゆるものとともに死に、もともとありもしないここに、あらゆるものが、戯れていることに気づく。

 

悟りは、とある心理だとか、ある特殊な精神状態だと考えている人が多いが、心理だとか精神状態である限り、逆転はない。

ある特定の脳内麻薬が特殊な作用を発生させるのが、悟りの契機であることは間違いないのではないか。ただし、それは意識的、能動的な姿勢があって、醒めていなければ、うまくいかないようなのである。

要するに然るべき脳内麻薬が発生したとしても、その全員が悟るわけではないのだ。賢者の石を手にした誰もが土くれから黄金を作れるわけではないのだ。

心理・精神から現実そのものへ。悟りは現実である。

二重の世界観、二重の現実

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ダライ・ラマと出口王仁三郎が他人の寿命を延ばす

2024-10-07 03:39:45 | 吉凶禍福、占い、癒し

◎神の言葉でなくては効果はない

 

寿命を延ばすのは超能力の話だが、ダライ・ラマ、出口王仁三郎とも恣意的に行使していない点が注意。

 

1.ダライ・ラマ

ダライ・ラマがインド亡命後、インドでは、チベット密教の力量ある師の不足に悩んでいた。 

かつてセラ大僧院のチェ学堂の管長を務めていたロサン・ワンチュク師(1901~1978)は、1975年頃、僧院に大きな布施をして法要を行い始めた。ダライ・ ラマは、これは死ぬ準備をしていると直感し、師に「あなたはもうすぐ死ぬ気ですね。 今チベットがどういう状況かお分かりですか。仏教のためにもう少しこの世に留まってください」と頼んだ。すると師は「私にはあなた様のように自分の意志で寿命を延ばす力がありません」と答えると、ダライ・ラマは「できるかできないかを言ってない。この世に留まりなさい」と言うと、ロサン・ワンチュク師はその時は死ななかった。

三年経った1978年、ロサン・ワンチュク師は説法会が終わると同時に急死してしまった。

ヨーロッパで訃報を聞いたダラ イ・ラマは、「失敗した。 もう一言『この世に留まれ』と命じておけば、あと一年はもったはずだ」と 言った。』

(出典:ダライ・ラマと転生/石濱裕美子/扶桑社P75-76)

 

ダライ・ラマは、自分の寿命も自分で延ばせるのですね。

 

2.出口王仁三郎

(1)『年を若くする事

 

年を若くして呉れと、菓子でもねだる気で頼む人があるが、中々容易にさういふ事が出来るものでは無いのである。

私が頼まれて止むを得ず発する言葉では、要するに駄目なので、私の方から自然に発する言葉、即ち神の言葉でなくては効果は無いのである。

抑々(そもそも)年齢を若くすると云ふのは、年齢を継ぎ足して長生さして上げる事で、今六十歳定命の人に二十年の歳をつぎ足して上げると、其人が八十才になつた時が六十才になる勘定だから、要するに二十年若くなり長生する訳である。私が年齢をつぎ足すには、定命を全ふせずして、たとへば、自殺して死んだ人の余つた年齢を与へるのであるが、これが又なかなかむづかしい事で、もし悪人の余つた年齢をつぐと、知らぬ間に其の人が悪化して仕舞ふから、善人でなくてはいけないので、甚だむつかしい。

 

先日頭山翁の年齢を若くして四十八歳にしてあげた。翁は大層喜んで、それから誰に遇うても四十八歳だと云ふと云ふて居られた。』

(月鏡/出口王仁三郎から引用)

 

(2)『心配は毒

 

人間にとつて心配程毒なものは無い。心配は寿命を縮める。心配事が出て来ても総てを神様に奉納して心配せぬやうにする、これが長寿の秘訣だ。』

(上掲書から引用)

 

寿命を延ばすことは、非科学的迷信であると思う人がほとんどなのだろう。

長命の人に長命の一生なりの春夏秋冬があるように、短命の人にも短命の一生なりの春夏秋冬がある。

笹目秀和道人が出会った仙人は、200歳と500歳。今や100歳以上の人が日本だけでも10万人いるという。

長寿は、その人生で果たすべき何かが終わっていないから長寿なのだろう。

長寿が無条件に良いことだなどと思っている人は少ないだろう。

 

この終わりの時代に一体それは、何なのだろう?

英雄は見果てぬ夢を追い、乙女は最愛の伴侶を求める。それだけなら、この世に生まれてはこないのではないか。

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脳内麻薬-ソーマ・パイロットの言葉-5

2024-10-06 03:02:37 | ダンテス・ダイジの風光

◎情熱があってこそ宇宙が宇宙としてある

 

ドラッグを服用してハイになって、その状態で文章を書いたり、あるいはその状態を描いたものは、アンリ・ミショーやオルダス・ハックスレー、ウィリアム・ジェームズなど捜せば結構出てくるものだが、窮極に届いてそれを描写し得たものは、極く稀れである。『ソーマ・パイロットの言葉』は、その稀れな一例。

 

『ソーマ・パイロットの言葉』の続き。

 

『ソーマ・トリップは

体験ではない

ソーマはドラッグではない

ソーマは

すべてを越えた君自身であり

すべてである君自身であり

ただひとりの君自身である

だから

ソーマ・トリップに

終わりはない

 

おまえが

永遠が好きなら

永遠にいればいい

永遠を終わらせたいのなら

終わらせればいいんだ

 

どこまでも、どこまでも

 

このアシッド

一つぶいくらしたの

横丁のラーメン屋のおやじ

競馬が大好きなんだぜ

おまえの着ている服 イカスな

おれ 今とってもさえてるよ

おまえは どう?

 

限りない虚空さえ

もはやない

 

君のやっているトリップが

何かの作用なぞと思わないでほしい

ドラッグに

トリップを起こす作用はない

 

もう、いいんだ

 

決して

情熱をやめないこと

トリップ・トリックに

ひっかかるなよ

情熱なんか無いなんて

かたいことは言わないでくれ

目的と

それへの情熱こそ

宇宙が宇宙としてある原因だ

 

もっと、もっと、もっと

 

 

本当に確かなものを

求めてみろよ

君は断じて

どこにも行き着かない

 

夢だよ』

(メディテーション/トラベル・ガイド/ダンテス・ダイジから引用)

 

上掲の『『ソーマ・トリップは

体験ではない』は、体験とは言えない体験のこと。バッド・トリップやグッド・トリップは、見ている自分が残っているので、問題にしていない。

 

上掲『ソーマはドラッグではない

ソーマは

すべてを越えた君自身であり

すべてである君自身であり

ただひとりの君自身である

だから

ソーマ・トリップに

終わりはない』は、ソーマがニルヴァーナの展開であって、すべてであるアートマンであって、自分個人であることを示す。

この三つの相を往還するから、終わりはない。

 

※アシッド:LSD

※限りない虚空:梁の武帝が「仏法とはどんなものか?」と達磨大師に問うた。達磨は、「廓然無聖(心が大空のように晴れてわだかまりがなく、からっとして、聖などというものは無い)」と答えた故事が意識されていると思う。

 

上掲『もう、いいんだ

 

決して

情熱をやめないこと』

は、悟りにあっては、もういいが、現象の転変のゲームを続けるには、情熱をやめるわけにはいかないという、逆のことを言っているが、悟りには両方必要なのだ。迷いあっての悟り。

 

本当に確かなものを求めてみて初めて、君は断じてどこにも行き着かないことを知る。

それは、夢だよ。

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夫婦別姓と中国の行動原理そして台湾侵攻

2024-10-05 03:11:21 | 時代にFace it

◎夫婦別姓の狙いは、日本の家庭破壊の促進と、外国スパイの潜入を容易にすること

 

中国の行動原理 国内潮流が決める国際関係 -益尾知佐子 著/中公新書」を読んだ。気のついた点は、以下。

 

1.日本は長子相続制だが、中国は外婚制共同体家族。これは、日本では、長男が父のすべてを相続し、次男三男は家を出され自由にやる。よって相続はもめにくい。

一方中国では、子どもは成人・結婚後も親と同居し続けるため,家族を持つ兄弟同士が一人の父親の下に暮らす巨大な家族形態が生まれる。 遺産は兄弟間で平等に分配され、父親の相続権は、兄弟全員が平等に持つので、相続争いは発生しがち。これは、下剋上、易姓革命を誘発しがち。権威主義的な親子関係と平等主義的な兄弟関係。家族全体を仕切るためには父親の権威・権力は強力でないと混乱しがち。

 

全体としてみれば、日本は、家族及びその延長としての社会全体も中国よりも安定的といえる。

 

なおもともと中国も長子相続制だったが、秦の始皇帝の時に外婚制共同体家族が始まり、漢朝がBC127年に長子相続制を禁止して以降、ずっと外婚制共同体家族だった由。外婚制共同体家族の定着は、社会、国家において無意識のうちに強力な専制あるいは独裁者の統治を期待し容認していくものだ。それは、現代の中国共産党トップの独裁に形となって実現している。

 

2.外婚制共同体家族では、女性に父権の相続権はなく、事実上女性に人権は認められて来なかった。共産中国になってから女性の人権を認めた。そもそも苦力とか奴婢の国だったので男性の人権も薄かった。中国は古来からずっと夫婦別姓。古来中国では、原則女性に人権はなく、婚家の墓には入れてくれなかったようです。中国では歴史的に男性の君子以上が実質的に人権を有していた。中国では夫婦別姓と言っても、そもそも女性の人権の扱いが日本より厳しかったので、日本と同列には論じられない。

 

以下は夫婦別姓の代表的なメリット・デメリットだが、どちらかにすべき決定的な理由はない。

よって、中国の夫婦別姓を踏まえ某政党が声高に夫婦別姓を求める理由は、第一に日本の家庭破壊の促進、第二に中国など外国スパイの潜入を容易にするのが狙いではないかと思う。媚中派の影が差している。

 

(1)夫婦別姓のメリット

 仕事に支障がなくなる

 プライバシーが保護される

 公的な手続きが不要になる

 結婚や離婚の際に知られにくい

(2)夫婦別姓のデメリット

 現状の制度では事実婚扱いになる

 子どもの苗字をつける際に問題になる

 相続権が認められない

 税金の控除など公的優遇を受けにくい

 

3.中国共産党を守るために戦う軍隊としての中国人民解放軍

上掲書には、改めて中国人民解放軍は、国家の軍隊ではなく、中国共産党の軍隊であることを強調してあった。中国人民解放軍は、中国共産党を守るために戦う軍隊なのだ。

よって、中国全土が凶作などで全国的な食糧不足に陥った場合に、中国共産党は、国民に責任を問われる。そこで中国人民解放軍は、国民を守るために戦うのではなく、中国共産党を守るために戦う。なぜなら中国人民解放軍は、国家の軍隊ではなく、中国共産党の軍隊であるから。

 

さてここで、中国で大規模な飢餓が発生し、それをきっかけに中国が世界戦争に打って出る(出典:『「笹目秀和」と二人の神仙/宮崎貞行/ヒカルランド』)という予言がある。

世界戦争後の中国の国民全体の存続を考えれば、そういうことはしにくいと思うが、中国共産党の生き残りだけを考えれば、そういう可能性もあるかもしれないと思う。そしてそれは台湾侵攻と連動する可能性もある。台湾有事は、日本の南西諸島の有事であって、日本の有事。

※天安門事件では、中国人民解放軍は、実際に国民に発砲した前例がある。

 

なお、

ダライ・ラマは、存命中での中国共産党の終了を予言。

ダンテス・ダイジは中国四分割を予言。

出口王仁三郎は、中国の日本侵攻幻視しているようだ。

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脳内麻薬-ソーマ・パイロットの言葉-4

2024-10-04 03:29:49 | ダンテス・ダイジの風光

◎耐えられるぎりぎりのトリックを解く方法

 

『ソーマ・パイロットの言葉』の続き。

 

『素直であればいい

混乱や恐怖や不可解な中でも

ただ素直であるしかない

天国だろうと地獄だろうと

おれはあるがままでいるしかない

 

ドラッグ・ソーマの神は

時にトリップ者を

トリップの袋小路に誘い込む

それはトリップ者が

耐えられるぎりぎりのトリックだ

そしてこの耐え難い

トリックパズルを

解くやり方は

素直であること

それのみである

 

恐れるな

恐れにどんな根拠もない

今こそ

君はすべてのすべてを見る

君がすべてのすべてだ

 

今は

死ぬに最高の時だ

とっくに

おれは死んでいる

 

どこにもどろうというんだい

もどる場所なぞ

ありはしない

おれが

あらゆる場所

それ自体だ

 

宇宙とか神とか悟りとかを

気にしていない

君は無限に

それ以上だ

 

君にとって

一番すてきなもの

それが君なんだよ』

(メディテーション/トラベル・ガイド/ダンテス・ダイジから引用)

 

冥想修行者が耐えられるぎりぎりのトリックでは、混乱や恐怖や不可解があり、天国も地獄もある。

そこで、素直であって、あるがままにして、恐怖がなければそのトリックを克服できる。

 

そこで、今は、死ぬに最高の時だ。どこにもどろうというんだい。もどる場所なぞ、ありはしない。

 

さて気がつけば、とっくにおれは死んでいる。

おれが、あらゆる場所それ自体で、おれがすべてのすべてだ。

 

このパートは、私個人とそれが逆転してすべてのすべて(第六身体アートマン)になることを強調している。ニルヴァーナは出てこない。

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