2016年のブログです
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飛谷渉さんの『精神分析たとえ話-タヴィストック・メモワール』を読みました。
飛谷さんは精神分析のメッカといわれるイギリスのタヴィストック・クリニックで4年近く訓練を受けた分析家で、じーじは何年か前の精神分析学会の分科会でお話を聞いたことがありますが、気さくなお人柄の先生です。
この本はそんな飛谷さんが、ご自身が受けた訓練分析の経験を何とか本で伝えようといろいろな工夫をされているものだといえます。
最初に出てくるのがイギリスの回転寿司での経験談。
中国人の寿司職人の握るお寿司がどうも日本のものとは違うと飛谷さんが思っていると、その職人さんが、実は自分は日本の寿司を食べたことがない、との話で、飛谷さんはこれを受けて、訓練分析の経験がない分析家の分析も同じようなものかもしれないと述べます。
分析家のだれもが強調をされますが、やはり精神分析にとって、訓練分析の重さはかなりのもののようです(じーじは想像をするしかありませんが…)。
ほかにも、飛谷さんは巧みなたとえ話で、精神分析や訓練分析の経験を何とか読者に伝えようと必死の努力と工夫をされています。
それを読むだけでも、勉強になります。
そして、精神分析的な心理療法を実践したいと考えている人たちにも大いに勉強になるだろうと思います。
精神分析の文献学習の一助になるいい本だと思います。 (2016 記)
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2023年12月の追記です
説明不足だったかもしれませんが、訓練分析とは精神分析家の候補生が自ら精神分析を受けることです。
精神分析を受けることで、自らの精神状況や家族関係、人間関係などの理解を深め、同時に、精神分析状況を体験するようです。
他には、自らのケースのスーパーヴィジョンを受けることや精神分析の学習などが必要になるようです(これで合っていると思うのですが…)。
そういった訓練や研修を数年間受けることで、ようやく精神分析家としての資格が認められ、精神分析家のスタートとなります。
いずれにしても、なかなか厳しい世界で、スーパーヴィジョンや文献学習の経験しかないじーじなどは、精神分析的な心理療法を実践するにしても、もっともっと研鑽を積んでいかなければなりません。 (2023.12 記)