ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が公園カウンセリングやメールカウンセリングなどをやっています

神田橋條治・滝口俊子『不確かさの中を-わたしの心理療法を求めて』2002・創元社

2024年12月14日 | 心理療法に学ぶ

 2019年のブログです

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 神田橋條治さんと滝口俊子さんの対談『不確かさの中を-わたしの心理療法を求めて』(2002・創元社)を再読しました。

 これもずいぶん久しぶりの本で、アンダーラインがあまりなかったのも、先日の下坂さんの本と同じです。

 しかし、この本も再読をしてみるとすごい本で、当時のわたしは本当に何を読んでいたんだろうと、反省すること大です。

 良く解釈をすれば、この20年ほどの間に、これらの本が少しは理解をできる程度に成長してきた、といえるのかもしれませんが、それにしてもお粗末です。

 例によって、印象に残ったことを一つ、二つ。

 一つめは、これも最近よく目にしますが、部分の中に全体がある、という考え方。

 神田橋さんは、フラクタル理論から思いつかれたとのことですが、精神分析ではいろんな方が同じような趣旨のことを言われます。 

 だからこそ、今、ここで、の重要性が強調されることになります。

 二つめは、これもよく指摘されますが、現在によって過去の記憶が変わるということ。

 ゆえに、現在を充実させられれば、過去の記憶も充実したもの、意味のあるものに変化をする可能性があるということで、心理療法の意味付けにもなりそうです。

 こういう大切なお話が、神田さんと滝口さんの人生を振り返りながら話されますので、すごい読み物になっています。

 お二人とも、ご自分の信ずる道をていねいに生きてこられた方なので、その語りには重みと説得力があります。

 特に、神田橋さんのお話は、やや毒舌気味とところがありますので、痛快です。

 その神田橋さんでも、中井久夫さんの天才ぶりには圧倒されっぱなしのようで、中井さんがいかにすごい人なのかがわかります。

 この本も読んで損をしないいい本だと思います。

 こちらもまた数年内に再読をぜひしたいなと思いました。      (2019.4 記)

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 2022年2月の追記です

 よく考えると、本書の題名である、不確かの中を、という言葉も、わからないことやあいまいさに耐えることの大切さ、と関係しているように思います。      (2022.2 記)

 

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立原正秋『冬のかたみに』1981・新潮文庫-その2・暗い時代を勁く、凛と生きる少年とその後

2024年12月14日 | 立原正秋さんを読む

 2023年5月のブログです

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 立原正秋さんの『冬のかたみに』(1981・新潮文庫)を久しぶりに読む。

 おそらく6年ぶり。

 日本が朝鮮を併合していた時代、朝鮮の臨済宗の寺で育つ日朝混血の主人公を描く。

 主人公の父親も僧侶であったが、日本人と朝鮮人のはざまで苦悩し、主人公が幼少期に自殺をする。

 主人公は、その後も寺の老師や先達に見守られて、禅の世界の中で精神的な成長をとげる、という物語である、と理解をしていた。

 今も物語の内容はそれでよいと思うのだが、今回、今ごろになって、この物語の底流に、この時代背景としての日本の朝鮮併合や軍国主義、侵略などの問題が大きく横たわっていることに気づかされた。

 小説の中で、主人公の朝鮮人の祖父は日本に協力をした地主として登場し、これが父親の自殺のもととなってしまう。

 また、当時、ベルリンオリンピックで朝鮮の選手がマラソンで優勝をするが、新聞には日の丸をつけた写真が載る。

 さらには、朝鮮から中国に出征をする兵士を朝鮮人の子どもたちが日の丸を振って見送る。

 そして、ある日、突然に、朝鮮人の子どもたちが学校で朝鮮語を話すことを禁止され、日本語が強制される。

 立原さんは声高ではないが、侵略をするものの傲慢さと侵略をされるものの苦しみ、支配するものの驕りと支配されるものの哀しみを時代背景として淡々と描く。

 しかし、今、ロシアのウクライナ侵略を目のあたりにすると、問題の根の深さに思い至る。

 よい小説はおそらくその中に多義的な意味を含んでいると思うが、村上春樹さんの小説と同じで、この小説も多義的で多層的なさまざまな意味合いを内包しているように思える。

 今頃気づくようではかなり遅いと思うが、それでも遅いなりにそういうことが見えてきたことには感謝したいと思う。

 人生を深く掘り下げた、よい小説だと思う。        (2023.5 記)

 

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