《前回までのあらすじ》
江戸時代後期、瀬戸内海でぷかぷかしていた過去を捨てて大都会の妖怪に変身したぬらりひょん。
昭和に入ってひょんなことから「妖怪の親玉」という称号を手に入れた彼は気をよくしてついに念願のソロ活動を開始するのだが、その行く手には、彼の運命を大きく変えてしまうこととなる「あの少年」が立ちはだかろうとしていた……
《そうだいの内心》
椎橋寛先生の『ぬらりひょんの孫』のことなどそっちのけで、ぬらりひょんVSゲゲゲの鬼太郎という龍虎相まみえる大決戦が展開されようとしていたのに、そうだいは目前に迫った『モーニング娘。第6代リーダー高橋愛 卒業コンサート』のために緊張して夜も眠ることができないていたらくだった! だって生まれて初めてのコンサートなんだもん!!
「高級マンションに ずるい妖怪が人間のふりをしてすんでいた……」
マンガ『墓場の鬼太郎 妖怪ぬらりひょん・前編』(『週刊少年マガジン』連載)の冒頭のナレーションです。
画面では、東京のどこかにある高級マンションの一室で禿げた爺さんが寝巻き姿で食事をとり、普通の背広姿に着がえてなにかの本を持って外出する姿がえがかれています。
こんな、およそ妖怪マンガとは思えないような日常描写で始まるこの回の『鬼太郎』なのですが、この老人の顔つきはまさに鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれていた「ぬうりひょん」そのものであり、ハデハデな着物姿でこそないものの、ぬらりひょんがサラリーマンのような格好をして見事に戦後の日本社会に溶け込んで生き続けているということがわかるわけです。
『墓場の鬼太郎』は、妖怪ファンならば言わずもがな、水木しげる神先生による1960年の貸本時代から続く「ゲゲゲの鬼太郎サーガ」の2番目のシリーズにあたり、「雑誌連載」という形では最初のものとなります(1965年8月~69年7月連載)。
この『墓場の鬼太郎』こそが、アニメ化第1作の放送をはじめとする戦後初の「妖怪ブーム」を巻き起こす原動力となったわけなのですが、そのアニメ化にあたってスポンサー側から「『墓場』はちょっと……」という要請があったために、連載中の1967年11月から『ゲゲゲの鬼太郎』にタイトルが変わって現在にいたる、という有名なエピソードは……『ゲゲゲの女房』でやってた?
ともあれ、『妖怪ぬらりひょん 前後編』(通算第47・48話)の2回はアニメ化される直前の1967年10月に『マガジン』に掲載されたため、何の因果か『墓場の鬼太郎』最後の敵がぬらりひょん、ということになっています。
つまり、この回でのぬらりひょんとの死闘をへて、幽霊族の最後の生き残りというダークな出自を持つ「墓場の鬼太郎」は、日本全国の子ども達の人気を集める明るいヒーロー「ゲゲゲの鬼太郎」へと転身することとなったのです。
ね~!? もうこの初登場の時点で、ぬらりひょんと鬼太郎とは浅からぬ因縁に結びつけられているでしょ。運命ね~!
話を戻しますが、普通にご飯を食べて背広を着て外出する彼は、どこからどう見ても人間そのものです。
でも、ここが水木しげるのすごいところで、なにげなく食事をしているぬらりひょんの描写で、箸で茶碗のご飯らしいものをつついている時になぜか、
「がさがさ」
っていう擬音がつけられてるのね。ぬらりひょん、なに食ってんの!? この「がさがさ」だけで、この爺さんがただ者でないことが雄弁に説明されているわけですよ。水木しげる、神……
さて、背広姿で百科事典のような大きめの1冊の本をかかえて外出したぬらりひょんなのですが、特にどこに出勤するでもなく大都会をさまよい歩きます。
そして、塀のめぐらされた住宅街にさしかかると、まったくなんの気なしに持っていた大きな本を塀の向こうに投げ込む。
「ドカーン!!」
大爆発を起こす住宅。近隣の住民の人だかりができ、救急車が駆けつける大事故となります。
「彼は わるい妖怪だった
駅とか さかり場で
本の中にしくんだダイナマイトを爆発させてみたり
なん十年 いや なん百年
とわるいことを しつづけてきた……
それが かれの『しごと』だったのだ」
これこそ、「ゲゲゲの鬼太郎サーガ」における名悪役ぬらりひょんを語るすべてだと言っていいでしょう。
つまり、かつて鳥山石燕が描いた「ぬうりひょん」の老獪でいやらしい顔つきに、水木しげるは「人間世界の俗悪さ」を見いだし、そこを最大限に拡大して「純粋に悪事を働くことだけが生き甲斐の妖怪」というオリジナルイメージを創出したわけなのです。
そう、ここにいたってぬらりひょんは、戦前に民俗学者の藤沢衛彦から「妖怪の親玉」というピースをもらったように、水木しげるから「凶悪妖怪」というピースをゲットすることとなったのです。ひえ~。
ただし、ここでの水木しげるのぬらりひょん像には「親玉」という要素はいっさい組み込まれていません。
平然とした顔で無差別爆弾テロを起こすというヒース=レジャー版ジョーカーみたいな凶悪犯罪者ぬらりひょんは、その顔つきがゆるみきったタレ目の老人であるだけに、逆に得体の知れない不気味な恐ろしさに満ちています。
そして、まったく意味不明なおのれの哲学に基づいて犯罪を繰り返す彼は部下を必要とせず、盟友の妖怪・蛇骨婆をのぞけばほぼ一匹狼のようなアブなすぎる悪役となっているのです。
ちなみに、ぬらりひょんの「本爆弾テロ」は、実在した連続放火爆弾魔「草加次郎」をモデルにしているんじゃないでしょうか。
1962年11月~63年9月に発生した、「草加次郎」を名乗る犯罪者による(読みが「くさか」か「そうか」かは説が分かれる)「本爆弾」「時限発火装置」「自作ピストル」を使った一連の事件は多くの重軽傷者を生み、特に地下鉄銀座線車両内での爆破事件は「日本史上初の無差別爆弾テロ」として東京全体を震撼させるものとなりました。
結局、「草加次郎事件」は犯人が逮捕されることのないまま時効をむかえてしまったのですが、「大都会に潜んで無差別に人々を襲う悪意」の正体を「何を考えているのかわからない妖怪」に設定してしまった水木しげるの慧眼……すごいとしか言いようがありません。
こんな「水木原作版ぬらりひょん」に、椎橋寛先生が描く漢気(おとこぎ)なんか、あるわけがねぇ!!
「奴良組の頭領」をつとめあげるふところの深さなど1ミクロンも持ち合わせていなかったマンガ界初登場時のぬらりひょん。まさに狂犬! むきだしのナイフ!!
そんな向かうところ敵なしの彼だったのですが、爆弾テロのあと、そば屋で新聞を読み、ざるそばをすすりながらこんなことを考えます。
「人間が相手なら永久に感づかれずにすむのだが
れいの墓場の鬼太郎というやつがいたんでは……
あんしんして悪事をたのしむためには
鬼太郎をかたづけなくてはならないな……」
すでにぬらりひょんは「鬼太郎」という妖怪世界の異分子を邪魔者として意識していました。
人間界では、ごく一部をのぞいてその存在が知られていなかった幽霊族の末裔「墓場の鬼太郎」だったのですが、1960年以降にぼちぼち活動を開始するようになってからは、次第に妖怪の世界で頭角をあらわしていくことになりました。
鬼太郎はぬらりひょんと相まみえる1967年10月時点までに、すでにバックベアード率いる西洋妖怪軍団(『妖怪大戦争』)、メカ大海獣、たんたん坊一味(『妖怪城』)、吸血鬼エリート、八百八狸軍団(『妖怪獣』)といった猛者たちと妖怪史上に残る激戦を経験しており、孤高の凶悪妖怪ぬらりひょんも、そろそろアイツをなんとかしないと……という気になっていたのです。
ところで『ぬらりひょんの孫』によると、ぬらりひょんは四国の八百八狸軍団の総帥・隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶだぬき)と盟友だったらしい経歴があるので、数ヶ月前、同じ年の夏に鬼太郎を絵的にそうとうキツい状態にまで追い込みながら惜しくも敗れてしまった八百八狸たちへの想いも、あるいはぬらりひょんの脳裏にはあったのかもしれません。ぬらりひょんはもともと瀬戸内海出身ですしね!
そんな野心を胸に秘めたぬらりひょんだったのですが、パチンコをうっていて床に落ちたパチンコ玉を取り合うというかなり情けないシチュエーションで偶然に出会ってしまったねずみ男を頼りに、喫茶店で鬼太郎との念願の接触を果たすことに成功します。
さぁ~、40年にわたる死闘を展開することとなるぬらりひょんとゲゲゲの鬼太郎、その初戦のもようは!?
といった感じで、次回に続きま~っす。
「孫」は、「孫」はいずこ……
江戸時代後期、瀬戸内海でぷかぷかしていた過去を捨てて大都会の妖怪に変身したぬらりひょん。
昭和に入ってひょんなことから「妖怪の親玉」という称号を手に入れた彼は気をよくしてついに念願のソロ活動を開始するのだが、その行く手には、彼の運命を大きく変えてしまうこととなる「あの少年」が立ちはだかろうとしていた……
《そうだいの内心》
椎橋寛先生の『ぬらりひょんの孫』のことなどそっちのけで、ぬらりひょんVSゲゲゲの鬼太郎という龍虎相まみえる大決戦が展開されようとしていたのに、そうだいは目前に迫った『モーニング娘。第6代リーダー高橋愛 卒業コンサート』のために緊張して夜も眠ることができないていたらくだった! だって生まれて初めてのコンサートなんだもん!!
「高級マンションに ずるい妖怪が人間のふりをしてすんでいた……」
マンガ『墓場の鬼太郎 妖怪ぬらりひょん・前編』(『週刊少年マガジン』連載)の冒頭のナレーションです。
画面では、東京のどこかにある高級マンションの一室で禿げた爺さんが寝巻き姿で食事をとり、普通の背広姿に着がえてなにかの本を持って外出する姿がえがかれています。
こんな、およそ妖怪マンガとは思えないような日常描写で始まるこの回の『鬼太郎』なのですが、この老人の顔つきはまさに鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に描かれていた「ぬうりひょん」そのものであり、ハデハデな着物姿でこそないものの、ぬらりひょんがサラリーマンのような格好をして見事に戦後の日本社会に溶け込んで生き続けているということがわかるわけです。
『墓場の鬼太郎』は、妖怪ファンならば言わずもがな、水木しげる神先生による1960年の貸本時代から続く「ゲゲゲの鬼太郎サーガ」の2番目のシリーズにあたり、「雑誌連載」という形では最初のものとなります(1965年8月~69年7月連載)。
この『墓場の鬼太郎』こそが、アニメ化第1作の放送をはじめとする戦後初の「妖怪ブーム」を巻き起こす原動力となったわけなのですが、そのアニメ化にあたってスポンサー側から「『墓場』はちょっと……」という要請があったために、連載中の1967年11月から『ゲゲゲの鬼太郎』にタイトルが変わって現在にいたる、という有名なエピソードは……『ゲゲゲの女房』でやってた?
ともあれ、『妖怪ぬらりひょん 前後編』(通算第47・48話)の2回はアニメ化される直前の1967年10月に『マガジン』に掲載されたため、何の因果か『墓場の鬼太郎』最後の敵がぬらりひょん、ということになっています。
つまり、この回でのぬらりひょんとの死闘をへて、幽霊族の最後の生き残りというダークな出自を持つ「墓場の鬼太郎」は、日本全国の子ども達の人気を集める明るいヒーロー「ゲゲゲの鬼太郎」へと転身することとなったのです。
ね~!? もうこの初登場の時点で、ぬらりひょんと鬼太郎とは浅からぬ因縁に結びつけられているでしょ。運命ね~!
話を戻しますが、普通にご飯を食べて背広を着て外出する彼は、どこからどう見ても人間そのものです。
でも、ここが水木しげるのすごいところで、なにげなく食事をしているぬらりひょんの描写で、箸で茶碗のご飯らしいものをつついている時になぜか、
「がさがさ」
っていう擬音がつけられてるのね。ぬらりひょん、なに食ってんの!? この「がさがさ」だけで、この爺さんがただ者でないことが雄弁に説明されているわけですよ。水木しげる、神……
さて、背広姿で百科事典のような大きめの1冊の本をかかえて外出したぬらりひょんなのですが、特にどこに出勤するでもなく大都会をさまよい歩きます。
そして、塀のめぐらされた住宅街にさしかかると、まったくなんの気なしに持っていた大きな本を塀の向こうに投げ込む。
「ドカーン!!」
大爆発を起こす住宅。近隣の住民の人だかりができ、救急車が駆けつける大事故となります。
「彼は わるい妖怪だった
駅とか さかり場で
本の中にしくんだダイナマイトを爆発させてみたり
なん十年 いや なん百年
とわるいことを しつづけてきた……
それが かれの『しごと』だったのだ」
これこそ、「ゲゲゲの鬼太郎サーガ」における名悪役ぬらりひょんを語るすべてだと言っていいでしょう。
つまり、かつて鳥山石燕が描いた「ぬうりひょん」の老獪でいやらしい顔つきに、水木しげるは「人間世界の俗悪さ」を見いだし、そこを最大限に拡大して「純粋に悪事を働くことだけが生き甲斐の妖怪」というオリジナルイメージを創出したわけなのです。
そう、ここにいたってぬらりひょんは、戦前に民俗学者の藤沢衛彦から「妖怪の親玉」というピースをもらったように、水木しげるから「凶悪妖怪」というピースをゲットすることとなったのです。ひえ~。
ただし、ここでの水木しげるのぬらりひょん像には「親玉」という要素はいっさい組み込まれていません。
平然とした顔で無差別爆弾テロを起こすというヒース=レジャー版ジョーカーみたいな凶悪犯罪者ぬらりひょんは、その顔つきがゆるみきったタレ目の老人であるだけに、逆に得体の知れない不気味な恐ろしさに満ちています。
そして、まったく意味不明なおのれの哲学に基づいて犯罪を繰り返す彼は部下を必要とせず、盟友の妖怪・蛇骨婆をのぞけばほぼ一匹狼のようなアブなすぎる悪役となっているのです。
ちなみに、ぬらりひょんの「本爆弾テロ」は、実在した連続放火爆弾魔「草加次郎」をモデルにしているんじゃないでしょうか。
1962年11月~63年9月に発生した、「草加次郎」を名乗る犯罪者による(読みが「くさか」か「そうか」かは説が分かれる)「本爆弾」「時限発火装置」「自作ピストル」を使った一連の事件は多くの重軽傷者を生み、特に地下鉄銀座線車両内での爆破事件は「日本史上初の無差別爆弾テロ」として東京全体を震撼させるものとなりました。
結局、「草加次郎事件」は犯人が逮捕されることのないまま時効をむかえてしまったのですが、「大都会に潜んで無差別に人々を襲う悪意」の正体を「何を考えているのかわからない妖怪」に設定してしまった水木しげるの慧眼……すごいとしか言いようがありません。
こんな「水木原作版ぬらりひょん」に、椎橋寛先生が描く漢気(おとこぎ)なんか、あるわけがねぇ!!
「奴良組の頭領」をつとめあげるふところの深さなど1ミクロンも持ち合わせていなかったマンガ界初登場時のぬらりひょん。まさに狂犬! むきだしのナイフ!!
そんな向かうところ敵なしの彼だったのですが、爆弾テロのあと、そば屋で新聞を読み、ざるそばをすすりながらこんなことを考えます。
「人間が相手なら永久に感づかれずにすむのだが
れいの墓場の鬼太郎というやつがいたんでは……
あんしんして悪事をたのしむためには
鬼太郎をかたづけなくてはならないな……」
すでにぬらりひょんは「鬼太郎」という妖怪世界の異分子を邪魔者として意識していました。
人間界では、ごく一部をのぞいてその存在が知られていなかった幽霊族の末裔「墓場の鬼太郎」だったのですが、1960年以降にぼちぼち活動を開始するようになってからは、次第に妖怪の世界で頭角をあらわしていくことになりました。
鬼太郎はぬらりひょんと相まみえる1967年10月時点までに、すでにバックベアード率いる西洋妖怪軍団(『妖怪大戦争』)、メカ大海獣、たんたん坊一味(『妖怪城』)、吸血鬼エリート、八百八狸軍団(『妖怪獣』)といった猛者たちと妖怪史上に残る激戦を経験しており、孤高の凶悪妖怪ぬらりひょんも、そろそろアイツをなんとかしないと……という気になっていたのです。
ところで『ぬらりひょんの孫』によると、ぬらりひょんは四国の八百八狸軍団の総帥・隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶだぬき)と盟友だったらしい経歴があるので、数ヶ月前、同じ年の夏に鬼太郎を絵的にそうとうキツい状態にまで追い込みながら惜しくも敗れてしまった八百八狸たちへの想いも、あるいはぬらりひょんの脳裏にはあったのかもしれません。ぬらりひょんはもともと瀬戸内海出身ですしね!
そんな野心を胸に秘めたぬらりひょんだったのですが、パチンコをうっていて床に落ちたパチンコ玉を取り合うというかなり情けないシチュエーションで偶然に出会ってしまったねずみ男を頼りに、喫茶店で鬼太郎との念願の接触を果たすことに成功します。
さぁ~、40年にわたる死闘を展開することとなるぬらりひょんとゲゲゲの鬼太郎、その初戦のもようは!?
といった感じで、次回に続きま~っす。
「孫」は、「孫」はいずこ……