リコの文芸サロン

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言うべきは「ありがとう」

2022-09-15 | 短歌
何年か前にリコは永田和宏先生と河野裕子先生の死の数日前のNHKテレビドキュメンタリーを見ました。

息も絶え絶えに言葉を絞り出す裕子さんと聞き取ろうと必死の永田先生の姿に言葉もありませんでした。


その最後の数日についての、リコの短歌会の月刊誌9月号にY•T先生の素晴らしい随想をご紹介します。

作歌のポイント
歌で思いを伝える  Y•T先生 

 私たちはいつもいい歌を作りたいと思っているし、それが後の人にも読まれて行ったならば、歌をやっていて本当に良かったと思うだろう。しかし、その反面、もっとささやかで本質的な喜びもあるように思う。誰かに歌で自分の思いを伝える。いや歌でしかうまく伝えられない思いもあるのではないか。例えば「今を生く君がいのちの歌一首湧き来るものか降り来るものか」という
遠藤滋さんへ問いかけにも似た私の拙詠が思いがけなく彼に
伝わっていたことが分って、私はささやかな作歌の喜びを
実感するとともに、歌人の永田和宏氏の『伝えたきこと』と
題するエッセイをも思い出したのである。

以下は、平成24年10月号の『短歌研究』の誌面からの一部引用である。
  長生きして欲しいと誰彼数へつつつひにはあなたひとりを数ふ  河野裕子 『蝉声』 
          
 死の前々日、河野のこの一首を口述筆記した。いい歌だと思ったし、彼女にもそう言ったと思う。彼女もその言葉を喜んだと思う。
しかし、その時、私が言わなければならなかった言葉は、
「ありがとう」という思いを表す言葉であったはずなのである。
歌の良し悪しを評価するのではなく、彼女の思いがまっすぐ私に届いていることをこそ伝えるべきなのであった。そのことを
いま私は口惜しく思うのである。

 河野裕子が死の瞬間まで歌を作り続けたのは、歌を読み、
理解できる夫と家族が身近にいるという安心感、信頼感が
あったからこそだろう。歌という詩型が、文学という〈額縁〉のなかでなく、もっと手触りのある思いとして、伝えたいという意志の強さの中で発せられ、受け止められた現場をはからずも経験させてもらったという気がしている。その強さは、歌の評価を越えた圧倒的な存在感であった。いい歌を遺すことはもちろん大切であるが、伝えたいという思いのもとで言葉が発せられるという営みの現在性としての作歌の意味を、もう一度大切に見直してみたいと思うのである。

★7月2日から長引いた通信障害のKDDIからのお詫び返金はリコは200円。
その日は携帯を使わなかったから実害はないのにご苦労様です。
auの二日に渡る不具合はスマホに頼る暮らしを晒す  涼風


★キキさんが散歩の時に見付けてくれる、ハイイロチョッキリムシが今年も登場します。

キキさんからのライン。
この落ち葉がリコは好きです。

キキサンの写真のドングリにも穴があった。

ネットに依るとドングリの袴の所に穴を開けて卵を生むそうです。その後、3時間掛けて切り落とすそうです。
詳しくはネットの記事を参照。








アジアンハイビスカスに、


赤い矢印の所にもう沢山、緑色の種が出来ています。
この写真には7つ写っています。

秋に真っ黒に成ったら切り取って、来年5月まで保管して、蒔きます。





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4 コメント

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Unknown (1948219suisen)
2022-09-15 09:24:12
いいこと書かれていますね。

河野裕子さんも晩年は破調も厭わずに伸び伸びと思いの丈を詠われていました。

そして彼女の最晩年の歌集『蝉声』にはその成果が凝縮されていてとてもよい歌集だと思います。
返信する
Unknown (risukurumi48)
2022-09-15 09:28:49
@1948219suisen スイセンさん、
おはようございます

リコは数年前の京都宝ヶ池プリンスホテルの塔短歌会の総会に行きましたよ
その後はコロナで我が歌会も大会は3年間も有りません、

毎月の歌会はzoomでしてます。

貴女の歌会は開催出来てますか?
返信する
Unknown (1948219suisen)
2022-09-15 12:13:32
私は難聴なので、一応インターネット歌会に参加しています。が、以前は聞こえないながら、芦屋や京都の歌会や、誘われれば、東北の歌会等にも出向いていました。が、ここ2年ほどはどの支部もズーム歌会が主流になっていますが、今年六月の京都の歌会に数年ぶりに参加しました。河野裕子さんが生きていられたときとはメンバーがガラッと入れ替わっていて私は浦島太郎の状態でした。もう結社は退会しようかと迷いながら席をおいています。
返信する
Unknown (risukurumi48)
2022-09-15 12:20:48
@1948219suisen スイセンさん、
リコです
私の歌会もだんだん会員さんの歳が若くなりました。

続けるのは年々、難しくなりますが、私は楽しく歌が詠めれば良いと思います
返信する

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