本の自費出版をお願いした、「文學の森」出版社の私の本の担当編集者の齊藤春美さんが『俳句界』2月号の編集後記に私の本の紹介をしてくださいました。
転載します、
「長年書き溜めてきたインターネットブログを一冊に―――」
パソコン画面から飛び出し紙の本として残すのもまた良いものです。奥野谷涼子さんはブログ開設5周年を機に『リコの文芸サロン』としてまとめられました。「人のお役に立ちたい」これが出版を決意した大きなモチベーションで、良いと思うことを自ら実践し紹介する精力的な著書です。ブログでは写真も豊富だったので、書籍化にあたってもなるべく多く掲載し、読むだけでなく見ても楽しい一冊と成りました。
人世を豊かにすることで、心を豊かに、毎日を丁寧に暮らす大切さは、慌しい日々にあって見習いたいものです。
(書籍•齊藤春美)
★『リコの文芸サロン』の製作過程、
令和5年8月30日〜
表紙のデザインの選考中です。
横書き、地はピンクかブルー、
帯はブルーベリーが読みやすい。
本にはブログにはない、挿絵をwordを使い創りました。
先ずはネットでアメリカ大陸のイラストを探し、矢印を付けて、往路サンフランシスコ~ニューヨーク、復路のニューヨークからロサンゼルスへ西に向かう時に、セントルイスで南下して、ルート66を行くことにしました。
お陰で、グランドキャニオンに立ち寄れました。
250頁の私の描いたイラスト。
あの大きなアメリカ大陸をバスで、グレイハウンドバスで往復しました。
私の本のP240
アメリカのニューヨークのバッテリー公園から自由の女神に行く舟の上です。
1974年の後ろ左がツインタワー。
右端は50年前の24歳のリコです。
写真は2001年9月11日のアメリカの同時多発テロのツインタワー。
校正9月3日.
2つに絞り、
地はピンク、横書きの題名。
本文は私の好きなように作ったので、表紙は主人の好きな方にしました。
ただ。タイトルの文字が細いように思うので、太く、大きく題字の修正を依頼。
他の本を見ても
題名の文字が太いです。
私の本は題名が細いように思うので、編集の齋藤さんに相談します。
題名を少し大きく、字の色をもう少し黒色にする。
★9月7日にあとがきを書いたので。最終稿の三校が来ました。
校正して、これで本文は完成です。
★表紙が完成しました。
主人の希望で、これに決定。
題字を少し大きく、色を少し黒くして、印刷所で本格的に印刷すると、見違えるように成りました。
今まではパソコンのプリンター印刷でしたが、表紙が決まったのでこれは印刷所で印刷した実物の表紙と内紙です。
上、元原稿
下、三校原稿
年号が西暦にすると何年か再チェックする。
書き方は令和5年(2023)、カッコの中は「年」を付けない。
全ての原稿で「年」が、付いているのを編集者の齋藤さんが削除してくださいました。
9月11日、最後の電話での打ち合わせ。
原稿は3つの綴りになっています。
細かい校正部分の打ち合わせです。
9月13日に三校を編集部に返送し、文學の森へ寄贈本(謹呈)のリストも送りました。
これで私の側の全ての作業は終わりました。
10月下旬の発行になります。
A5版、326頁、200部の自費出版です。
本の題は、
『リコの文芸サロン』
•••ブログに綴る人生の機微•••
A5版、326頁 2750円「税込み」
令和5年11月7日 発行
令和5年11月7日 発行
印刷所から届いた本の箱です。
並べてみます。、喜びが、フツフツと湧いてきます。
令和5年1月5日からスタートして10ヶ月も掛かった本の制作で印象に残ったこと。
①写真がきれいに撮れていて、口絵に使える写真が、沢山ありました。
一番古い写真は50年くらい前の写真です。
1974年8月、76頁
後ろがツインタワー、真ん中が24歳のリコです。
口絵に使える写真がたくさん残っていたので観光地でカメラマンを雇って写真を撮ったのかと友人たちは言いますが、
当時から主人は三脚を持ち歩き写真をたくさん撮っていました。
②人生の折々で出会いがありました。
24歳でアメリカ留学。
28歳で人生の師の紀野一義先生に出会う。
35歳で結婚。岐阜県から大阪府へ。
63歳で短歌を始める。
③パソコンを早くから習ったのて短歌の月刊誌の編集、gooブログの作成も簡単に出来ます。
専業主婦ですがパソコン歴は20年以上、なんと、パソコンは4台目です。
④『リコの文芸サロン』
読んで良し、写真をみて楽し、
本当に良い本ができたと思います。座右に置いて日々、見てます。
⑤24歳からの74歳迄の50年の『リコの文芸サロン』は人生録ですから、この後は、何もしなくてもノンビリと過ごせます。