ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

甘くない湖水

2024-02-29 19:13:19 | 読書
 ジュリア・カミニート『甘くない湖水』


 少女の怒りは度を超している。

 一瞬で大火になる激しい感情は、彼女が生来持っているものなのかもしれない。

 思春期にありがちな理由のない苛つきだけではないだろうし、家庭環境が原因でもないだろう。


 少女の父は、仕事場の落下事故で半身不随になってしまった。

 不法な現場で保険がない。

 腹違いの兄と双子の弟、家族6人を、母一人の働きで養っている。

 テレビもない貧乏な暮らし。

 母は強く、公平で正しい。手伝いに行く裕福な家庭で信頼されている。

 その正義感は、子ども達にはちょっと鬱陶しい。


 少女は、家族以外の人との距離の取り方がわからない。しかたがない、まだ12歳だ。

 友情は未熟で思いやりに欠ける。

 服のセンスが悪い(もらったものだから)、髪型がおかしい(美容院に行けず母が切ったから)、耳の形が変と言われる。


 やがて少女は成長し、周囲との関係も穏やかになっていくが、彼女の中にある鬱屈したものは消えない。

 彼女が感じているほど、友人たちは彼女を粗雑にしていないと思うのだが。


 カバーには、勉強に疲れてノートの上で寝てしまった少女が描かれている。

 本の天地を逆さまにしてみた。

 穏やかな表情とは対照的に、赤い髪は燃え上がる炎のように見える。

 意のままにならない自分の感情のようだ。

 10代の苦しさを思い出すのだが、年を取っても感情というのはどうにもコントロールは難しい。


 装画は森泉岳土氏、装丁は須田杏菜氏。(2024)


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ババヤガの夜

2024-02-17 17:35:17 | 読書
 王谷晶『ババヤガの夜』



 滅茶苦茶に強い女!

 このとき想像するのは綺麗な女性。

 でも闘っていないときには可愛いツヨカワな人。

 この発想が、ありきたりな映像作品の影響を受けていることはわかっていた。

 ぼくのそんな短絡的で未熟な部分を、この小説は激しく突いてくる。

 読みながらカバーのイラストを見て気づいていたのだ。

 握った拳がデカくゴツい。

 強いことと美醜は関係ないのだと。


 ぼくはひ弱な人間なので、腕力の強さに憧れを抱く。

 でもそれは地道な鍛錬を重ねた武人であったり、素人には手をあげない格闘家に対してだ。

 根っから暴力が好きな女性、しかも美人ではない。

 こんな主人公を好きになれるのか。

 それが。

 折れない心、でも一瞬見せる弱気。


 格闘シーンに惚れるが、それだけではない仕掛けにも感嘆する。


 装画は寺田克也氏、装丁は山影麻奈氏。(2024)


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狩場の悲劇

2024-02-07 15:57:08 | 読書
 アントン・チェーホフ『狩場の悲劇』



 カバーに描かれた赤いワンピースの女性を見て思う。

 どうして彼女とはうまくいかなかったのかと。

 お互いに好きで、あんなに楽しい時間を過ごしたというのに。

 
 読み進めていくうちに、これが新聞社に持ち込まれた素人作家の小説だという設定を忘れてしまう。

 作者でもある語り手の予審判事は、森の中で不意に出会ったオーレニカに恋をする。

 美しいブロンドの髪と善良そうな碧い眼をした19歳の女性。

 けれども彼女には婚約者がいた。


 「前人未踏の大トリック」

 帯の惹句で、これがミステリーだと知っているが、事件はなかなか起きない。

 事件は起きないけれども、複雑な登場人物たちの関係と、彼らの心情を読んでいるだけでとても面白い。


 あれ、犯人わかったかもしれない。

 急激な展開の中、なんとなく気づいてしまう。

 しかし、持ち込まれた原稿を読んでいる新聞社の編集者がつけた注釈には、犯人を示唆する部分があって、ここを同時に読んでしまうと、この小説、何がトリックなのかわからなくなってくる。

 
 1884年に書かれた古い小説だが、さすがチェーホフ。


 装画は10⁵⁶、装丁は中央公論新社デザイン室。(2024)


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影を呑んだ少女

2024-01-25 16:20:21 | 読書
 フランシス・ハーディング『影を呑んだ少女』



 幽霊が出てくる物語は、夜中にトイレに行けなくなるほど怖いものより、トイレで思い出し笑いをするくらいコミカルな方がいい。

 『影を呑んだ少女』に登場する幽霊は、かなり恐ろしいけれど、少し可愛かったりもする。この小説を読んだ後でも、ぼくは1人でトイレに行ける。


 舞台は17世紀のイギリス。

 石炭の噴煙に覆われた小さな町に暮らす10歳の少女メイクピースは、母と2人、おじ家族の世話になっている。

 ある夜、母はメイクピースを古い墓地へ連れて行き、不気味な礼拝堂に彼女を閉じ込める。

 耳元でうなり、泣く、死者のささやく声が彼女を苦しめる。頭をこじ開けようとしているのが感じられる。彼女は必死に耐える。

 その責苦は毎月課せられる。

 母が何を望んでいるのかメイクピースには理解できず、母を恨むようになる。

 ここの霊たちなど序の口に過ぎないことを、その時のメイクピースはまだ知らない。


 タイトルの「影を呑む」とは、霊を体内に取り込むこと。

 メイクピースは、父から受け継いだ体質で霊を体に入れることができる。

 憑依させるのとはちょっと違い、霊と同居するような感じだ。

 彼女は、先祖たちの死にそこなった霊達を入れる器として、亡くなった父の屋敷に迎え入れられる。

 やがて、イギリスを二分する戦いに巻き込まれていくメイクピース。

 彼女は、霊に支配されない自分自身の人生を生きようと戦っていく。


 壮大な展開の中で、少しずつ逞しく強くなっていく少女の姿が魅力的だ。


 装画は牧野千穂氏、装丁は大野リサ氏。(2024)


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ピュウ

2024-01-14 15:52:41 | 読書
 キャサリン・レイシー『ピュウ』



 この不穏な雰囲気はどこから生まれるのだろう。

 帯を外してカバーだけにすると、狂気すれすれの不吉さを感じてしまう。

 デザインを担当したLuke Birdのサイトには、英語版の書影がある。

 日本語の入っていない、さらにシンプルな作りの表紙には、どういうわけか禍々しさが感じられない。ただ美しい。

 日本語の書体が忌まわしさの一因になっているのか。

 よく見ると可愛らしさもある書体だけれど、「ピュウ」という聞き慣れない単語が、得体のしれない不気味なものを連想させてしまうのかもしれない。


 「ピュウ」とは、教会の信者席のこと。

 ある日、そこで保護された人物を、小さな町の人たちは「ピュウ」と呼ぶようになった。

 語り手でもあるピュウは、自分自身でさえどこから来たのか、自分が誰なのかわからない。

 記憶喪失のホームレスのようで、きっと町の人たちには保護しなくてはと思わせる何かがあったのだろう。

 親切な町の人たちは、ピュウに個人的なことを尋ねる。

 性別さえはっきりしないピュウは、信仰に篤い人々にとっては不安を生む人間でしかない。

 そこには、善行を施す相手のことは知っておきたい、知る権利があるという傲慢も感じられる。

 何も語らないピュウの存在以上に、少しずつ剥き出しになっていく人々の心のうちの方が、ぼくには不気味だ。


 装丁はLuke Bird。(2023)


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