ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

路上の陽光

2023-12-10 11:19:48 | 読書
 ラシャムジャ『路上の陽光』



 顔の中で鼻は、ほかの部位より日焼けしやすい。

 太陽に近い分、浴びる日射しの強さが違うのだ。

 数センチにも満たない差でこうなのだから、4000メートルも太陽に近づいたら、どれだけ強烈なのだろう。


 チベット、ラサを舞台にした8編の小説集。

 表題作「路上の陽光」は、川の水面に反射する光に、思わず目を細めてしまうような眩しい世界。

 容赦なく降り注ぐ日差しは、人のやる気や覇気を削いでしまうのか。

 仕事のない若者たちは、橋の上で日雇いの声がかかるのをぶらぶらしながら待っている。

 ランゼーは、風で飛ばされた帽子を取ってきてほしいと傍らにいるプンナムにお願いするが、彼は気怠そうにしたまま動こうとしない。

 日当でやっと手に入れた赤い帽子は、川に落ち流されていく。

 プンナムに「きれいだね」と言われたくて買ってきたのに、彼はインドまで流されてインドの洗濯娘がかぶるかもと、ふざけたことを言う。


 お互い気がある2人なのに、些細なことで離れてしまう。

 それは貧しさが原因なのか、思いやる気持ちが足りなかったからなのか。

 それとも、適切な瞬間にふさわしい言葉がかけられなかったからなのか。

 タイミングを外してしまうと、もう二度と元には戻らないこともあるのだ。


 装丁は成原亜美氏。(2023)


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誘拐犯

2023-12-04 18:32:26 | 読書
 シャルロッテ・リンク『誘拐犯』



 どうしてケイトは美人ではないのか。

 スコットランド・ヤードの巡査部長ケイト。

 男たちの興味を引かない女性。

 どうして著者は、ケイトの外見に華を与えなかったのか。


 前作『裏切り』で、本人も気づいていない刑事としての隠れた才能の片鱗を見せたケイト。

 今作では、少しは逞しくなった姿で登場するのかと期待すると、相変わらず自信がなさそうだ。

 彼女は、亡き父の家を処分するため一時的に地元に戻ってきた。

 そのとき泊まった宿の娘が行方不明になり、ケイトは母親に捜査を頼まれる。

 管轄外の捜査にケイトは渋るが、記者と身分を偽って独自に調べ始める。

 地元スカボローでは、以前にも少女の失踪事件があったばかりだった。


 女性を外見でしか判断しない男ばかりが登場するなか、ケイトに恋人ができる。

 ナイスガイのように描かれているけれど、なんとなく胡散臭い感じがつきまとってしまうのは、この小説がミステリーだからだろう。

 登場人物はすべて疑わしい。

 ケイトが美人だったら、簡単に恋人ができる展開に違和感は生じず、ナイスガイはぼくにあらぬ疑いはかけられずにすんだかもしれない。

 事件は意外な展開になりながら、やっぱりそうかという部分も。


 装丁は東京創元社装幀室。(2023)


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九月と七月の姉妹

2023-11-21 17:08:29 | 読書
 デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』



 カバーに描かれた女性2人の髪が美しく目を引く。

 帯を外すと、飾りのように見えた枝葉は、鎖のようにつるが絡まり、棘があるのではと、目を凝らしてしまった。

 妖しげな雰囲気を醸しているのは、2人が後ろを向いて表情がわからないのに、寄り添っているようにも、反発しあっているようにも見えるからだろうか。


 10か月違いの姉妹と、母の物語。

 3人が海に近い家へ引っ越してくるところから始まる。

 荒れた庭、薄汚れた壁、前の住人の痕跡がくっきりと残る室内。

 こうなったのはあんたたちのせい。

 母はこう言いたいのだと、妹のジュライは思う。

 それは学校で起きた事件のせい。

 以来母は、娘たちに話しかけず、目も合わせてくれない。

 
 姉セプテンバーは気まぐれで、不安定なジュライに優しくしたり突っぱねたり。

 支配する姉と、依存する妹の間に母は入り込むことができない。

 厄介な娘たち。

 物語は今にもバランスを崩しそうな落ち着かない空気に満ちていて、何が起きたのか、これから何が起きるのか緊張しながら一文一文を丁寧に読み進める。


 あれほど美しいと感じていたカバーの絵が、いつの間にか不気味に思えてきた。決して彼女たちの顔は正面から見てはいけないのだと肝に銘じる。

 2人の表情がわかる絵はないけれども。


 装画は榎本マリコ氏、装丁は岡本歌織氏。(2023)


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この道の先に、いつもの赤毛

2023-10-20 17:14:11 | 読書
 アン・タイラー『この道の先に、いつもの赤毛』



 本の帯を外し、カバーも取る。

 カバーの両端を持って机の上に広げてみると、袖まで含めた横長の一枚の絵が表れる。

 まるで絵本のような温かい絵には、マイカの暮らすアパートと、彼が仕事に使う車が描かれている。

 黄色く染まった街路樹の葉と、建物の赤いレンガのコントラストが美しい。

 ボルティモアはこんな場所なのかと、行ってみたくなる。


 40歳を越えた一人暮らしの男マイカの描写を読むと、著者はこの男を気に入っていないように感じる。

 人付き合いが少なく、決まりきった単調な生活、いつも変わらない服装。

 人生とは、などと考えることはあるだろうかと。

 さらに半地下の住居については、「住んで楽しいこともなさそうだ」と書く。


 しかし、読み進めると、著者はこの男を嫌っているわけではないとわかってくる。

 こんな男だけど、いやこんな男だからこそ、著者アン・タイラーは愛しているに違いない。

 一方、女性に対してはかなり厳しい目を向けている。


 マイカは丁寧に仕事をし、決められた日にゴミをきちんと出す。

 突然現れた家出少年を家に招き、コーヒーを淹れてあげる。

 なんでもない日常と、ちょっと変わった出来事。

 それなりに満足な生活。

 ただ、ぽっかり開いてしまった心の穴は、一人では埋められないのだった。


 装画はカシワイ氏、装丁は田中久子氏。(2023)


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生存者

2023-10-09 12:26:19 | 読書
 アレックス・シュルマン『生存者』




 表紙には、モノクロ写真の木彫りの像。

 湖面に浮かぶボートに乗る人は、細い枝のオールを握っている。

 これでは船は動かないだろう。

 船も時間も、決して進むことなく止まってしまったかのようだ。

 静謐な湖面に刻まれたタイトルの『生存者』に感じる死者の匂い。

 生き残った者の後ろには、亡くなった人がいるのだから。

 
 2つの時間が流れていく物語。

 男3人兄弟の現在と、彼らの子ども時代、両親と過ごした湖畔のコテージでの話。

 現在の話は、章ごとに時間が遡る構成になっている。

 最初の章が、一番新しい時間、次の章はその2時間前のこと。

 新しい時間の冒頭と、過去の時間の最後の文章が一緒なので、一度読んだものをまた読むことになり、既視感に包まれる。

 時間が停滞した感じになる。


 進まない時間とは、故意に止めた時間なのだ。

 書き換えた記憶の中に、真実は永遠に止まってしまう。


 緊張感が途切れないのは、兄弟の関係、親の定まらない視点に、常に危うさを感じるからだ。

 「忘れる」という時間の経過を、この物語は許してくれなさそうだ。


 カバー作品は西浦裕太氏、写真は大隅圭介氏、装丁は早川書房デザイン室。(2023)


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