ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

嘘つき村長はわれらの味方

2023-09-25 18:48:26 | 読書
 クリスティーヌ・サイモン『嘘つき村長はわれらの味方』



 カバーのイラストの楽しい雰囲気は、そのまま小説の世界。

 さまざまな場面が描かれていて、読み終わってみると、どれもが正確に物語を描写しているとわかる。

 イラストレーターはきちんとこの本を読んだのだろう。

 ゴチャゴチャした印象もあり、それもまた小説そのものなのだ。


 イタリアの小さな村が舞台。

 水道管が老朽化し、期限までに修理の費用が出せなければ村の水道が止められてしまう。

 高額な費用を捻出するあてはなく、村長一人がその問題を抱えたまま村人の誰にも言えずにいる。

 お金を落とす観光客を呼び込むために、有名な俳優が村で映画の撮影をすればいいのではと考えた村長だったが。


 タイトルに「嘘つき村長」とあるが、村長は嘘をつくつもりはなかった。

 勝手に勘違いした人たちが、勝手に盛り上がっていく状況を見ながら訂正しないのは、正直ではないだけ。

 でもそれで必要なお金が入ってくるとなると、なおのこと嘘だとは言い出せない。


 嘘だと言わない嘘。

 内緒にする嘘。

 その程度の嘘なら、ぼくも何度か経験がある。

 身の破滅につながるほどの嘘は、いまのところない。


 装画は中島ミドリ氏、装丁は岡本歌織氏。(2023)


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オープン・ウォーター

2023-09-16 19:15:35 | 読書
 ケイレブ・アズマー・ネルソン『オープン・ウォーター』



 ああ、そういうことではないんだね。

 話し相手の表情を見て悟ることがある。

 ぼくの発言は、相手が言おうとしていることとは微妙に違ったのだと。


 この小説が語る真意は、ぼくには本当には理解できないのかもしれない。

 ガーナ出身の黒人がロンドンで暮らすということ。

 受けた差別と、その経験が引き起こす苦しみは。


 でもわかることもある。

 愛する人にさえ言えないこと、愛するゆえに言いにくいこと。

 ぼくは恋愛マスターではないけれど。


 カバーの写真は夕刻のロンドン橋。

 ガラスに映るオレンジ色のライトが優しい。

 帯を外した時の白、穏やかな黄色の文字「Open Water」。

 それらは、ロンドンに行きたいと思わせるくらい魅力的だ。


 繊細で脆く壊れてしまいそうな恋人たちの関係が描かれた物語。

 ときおり垣間見える強さは、愛なのか。


 装丁は鳴田小夜子氏。(2023)


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怪獣保護協会

2023-09-04 18:52:08 | 読書
 ジョン・スコルジー『怪獣保護協会』



 買ってもらったプラモデルの箱を開けるときの興奮。

 怪獣の物語を手にして、子どものころのそんな気持ちの昂りを思い出した。

 でもこの物語は、怪獣が無闇矢鱈と暴れ回る子ども向けではなかった。

 本当は、ぼくは単純な話を読みたかったのかもしれない。

 子どもの気分に戻って。


 パンデミックの最中、ジェイミーは失職し、フードデリバリー要員になる。

 生活のため、仕方なくこなす仕事でしかない。

 そんなとき、配達先で再会した知り合いに、思わぬ仕事のオファーを受ける。

 それは。
 

 怪獣よ早く出てこい!

 心の中で怪獣コールをしながらも、登場人物たちの軽妙な会話に引き込まれる。

 ただ、同じ調子で続いてしまうと、少々退屈する。


 描写が少なく会話が主体なので、やっと登場した怪獣の造形がわからない。

 怪獣好きが自分なりに想像する余地を残したのか、それとも怪獣好きに突っ込まれるのを恐れたのか。

 これでは怪獣好きが不満を募らせないのか。

 
 うまく組み立てられなかったプラモデルを前にしたような気分で読み終えた。


 装画は開田裕治氏、装丁は日髙祐也氏。(2023)


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夜明け前のセレスティーノ

2023-08-27 11:55:33 | 読書
 レイナルド・アレナス『夜明け前のセレスティーノ』



 本を読んでいると眠くなる。

 退屈なのではなく、リラックスして副交感神経が優位になるからだ。

 特に心地いい椅子に座っていると5分と持たない。

 静かなホールでクラシック音楽を聴いているときと似ている。


 この小説も似ている。

 音楽が流れるように、文字が流れていく。


 読み初めは違った。

 何が書いてあるのかよくわからなかった。


 「かあちゃんが〈ぼく〉の頭を石でふたつに割ると、ひとつは駆けだし、片方はかあちゃんの前にいて、踊っている、踊っている。」

 どういう状況なのだ?


 やがて気づく。

 文字通りの意味で読んではいけないのだと。

 ただ、これはわかる。

 少年は、祖父、祖母、母から暴力を受けていること。

 現実の中に不意に夢のような描写が入るのは、過酷な状況から心を逃げ出させるためではないのか。

 
 読みながら、ぼくも少年と一緒に逃げる。

 音楽のように心地よいリズムを持った文章が、夢見心地にさせるのに身を任せながら。


 装丁は坂野公一氏。(2023)


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時計仕掛けの恋人

2023-08-20 15:36:49 | 読書
 ピーター・スワンソン『時計仕掛けの恋人』



 10代の頃に付き合った恋人は、きっと一生忘れられないだろう。

 年月が経てば、若さゆえの恥ずかしい行動が懐かしくなる。

 大事な青春の思い出として心にしまう。


 39歳のジョージの悲劇は、学生時代に付き合っていたリアナのことが頭から離れないことだ。

 大人になって、付かず離れずの女性はいるのに、偶然バーでリアナを見かけると居ても立ってもいられなくなる。

 過去に彼女からひどい仕打ちを受けたというのに。

 おそらく彼女は犯罪を犯しているのに。

 もしかしたら人を殺しているかもしれないのに。


 昔好きだった人の姿を何年も経って見るとき、不思議なフィルターがかかってしまうのだと思う。

 年を取った、でも相変わらず可愛い、素敵だと。

 ジョージの行動が理解できてしまうのは、きっとぼくも同じことをしたと感じるからだ。

 男ってバカなのか?


 装丁はalbireo+nimayuma。(2023)



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