マーセル・セロー『極北』
新型コロナウイルスの感染が日々広がり、収束する兆しがない。
気づいていないだけで、これは文明社会が破滅していく序章なのかもしれない。
タイミングよく『極北』を読んでしまったせいで、やや悲観的な未来を、現実のものとして容易に想像できてしまう。
この小説は、現在の人類に警鐘を鳴らすようなものではなくて、あくまでも娯楽として書かれているはずなのに。
近未来の、文明が崩壊した後の世界を描いている。
主人公メイクピースは、幼い頃両親に連れられ、辺境の地へ開拓者として移住してきたため、高度に発達した社会を知らない。
徐々に暴力が支配する社会に変わっていく中で、冷静に、自分の力で生活をしている。
そこへ、未知の文明の断片が飛び込んでくる。
希望を抱き、もっと素晴らしい世界があるものと旅に出る。
物語は、期待通りには進んでくれない。
そこに戸惑い、驚く。
実際の生活も、同じようなものだろう。
思ったとおりにいかず、必ずしも望んだ道を歩いているわけではない。
現在の、その実社会を振り返ってみると、短期間のうちに、想像以上に便利になったことが多いのだが、不思議なことに満足かというと、そうでもない。
新しいものへの渇望は常にあるのに、古いものの中に何かを置き忘れてきているような感覚が残る。
森の中で自給自足の生活はできないが、少しだけ時を戻すような、気持ちのバランスが取れる生活はできないものか。
メイクピースがたどる道に、暖かな希望を感じるのは、そんな心の奥にある不確かなものと同調するからだろう。
装画は高山裕子氏、装丁は坂川栄治氏+鳴田小夜子氏。(2020)