マイケル・オンダーチェ『戦下の淡き光』

グレーのカバーの中央に、あかりの灯ったランプが描かれている。ランプがあることで、このグレーが真っ暗ではないものの、暗い場所だと感じられる。それは周囲の気配がわかる程度の暗さ。
タイトル、著者名、帯の文字までもが細い明朝体で、目立たぬよう、タイトルの「戦下」を、戦時中の灯火管制を表しているようだ。
とても地味なカバーなのに、マイケル・オンダーチェだと書店で見た瞬間にわかった。前作『名もなき人たちのテーブル』はターコイズブルーが明るく美しいカバーだったが、2冊には共通する静けさがあるのだ。
語り手はロンドンに住む14歳の少年。
1945年のあるとき、両親が仕事の関係で外国へ長期間いくことになり、2つ違いの姉とともに家に残される。母は同僚の男に姉弟の世話を頼み、男は間借り人として家に住むことになる。
2人は男のことをどういうわけか犯罪者だと疑っている。
実際、男は何をしているのかよくわからない上に、勝手に怪しげな人たちを家に連れてくる。
正体がはっきりしないというだけで想像を膨らませているうちは、まだ無邪気な子どもの遊びだ。
ところが、母親が諜報員らしいということがわかってくると、現実の形が曖昧になり、親に捨てられたのかと不安になる。
やがて少年は、家に来ていた怪しい男の非合法な仕事を手伝うようになり、いつしかその男に、父親に対するような感情を抱くようになる。
少年はこのとき、その束の間の楽しさの下で何が起こっているのかを知らない。
物語の後半では、大人になった少年が、少しずつ当時のことを振り返っていく。
子どもの頃の出来事を大人の視点で考えると、見えてくるものが違う。
それは読者としてのぼくも同じで、最初に少年の視点から読んだ物語を、再度冷静に大人の視点で読むと、少し違ったものが見えてくるのだ。
こんなに静かなのに、こんなに激しい物語だとは。
装丁は水崎真奈美氏。(2020)
