リン・マー『断絶』
ニューヨークのワン・ワールド・トレード・センターの写真が入る表紙には、タイトルの「断絶」が、いまにも崩れ堕ちそうな様子で配置されている。
不穏な空気を感じる。
しかも帯には「震撼のパンデミック小説!」とあり、不気味さと期待とが入り混じる。
中国、深圳で発生した熱病が全世界を襲い、治療方法が見つからないまま人類が死に絶えようとしている。
人々が家族のもとで最期を迎えようと職場を離れていくなか、会社の留守番役を頼まれたキャンディスは、律儀に毎日会社へ通う。
幼い頃、中国から移民としてアメリカにやってきた彼女は、両親を亡くし、帰る場所がない。
彼女は1人で過ごすことが苦にならないのだろう。むしろその状況を楽しんでいるかのようだ。
そんな彼女の醸し出すトーンが小説全体を包んでいる。
その雰囲気は、ぼくには居心地がいい。
静かに本を読んでいるだけで幸せなぼくには、馴染み深いのだ。
ただ、先の見えない世界にいてもその気持ちを維持できるかどうか、ぼくには自信がない。
キャンディスは楽観的すぎるのか、それとも想像力に欠けるのか。
この小説は、コロナウイルスから着想を得たのだろうと思ってしまったが、そうではない。解説を読み、著者の発想の過程を知ると、世の中には実にさまざまな疫病が蔓延しているのだと、あらためて恐ろしくなる。
装丁は緒方修一氏。(2021)