『暗い世界』
ほぼ新書サイズの本は、手にしっくりと馴染む。その居心地の良さが、楽しい読書を保証してくれる気になる。
ウェールズの作家による、ウェールズを舞台にした5つの短編集。
『暗い世界』というタイトルは、同名の作品が入っているからだが、カバーのイラストも暗い。
その暗さは、遠くに描かれた曇り空のためだ。けれども、地平線にわずかな陽が差していて、これから晴れてくるように見える。
手前には、小高い丘の上で、その明るくなりつつある空を見つめる青年の後ろ姿が描かれている。ハンチングにニッカボッカのクラシカルな服装。
帯を外し、カバーを広げると、立ち並ぶ家々、工場の建物が、さらに異国の雰囲気を濃くしていく。奥深い未知の世界が広がっているのだろうと期待が高まる。
一番最後に入っているレイチェル・トレザイスの『ハード・アズ・ネイルズ』だけが、iPodが小物として出てくる最近の物語。
そこまでの4編は、1910年代から1950年代を舞台にしている。時代の空気なのか、ウェールズだからなのか、どれも重く暗い。
少々読み疲れてきたところへ、ネイルサロンのコミカルな話が始まってホッとする。
コミカルとはいっても、ネイルサロンの経営者はパワハラで人種差別をする女性だ。そのうえ、馴染みの客がライバル店に行ったことを知るとつかみかかるような、常軌を逸した行動をとる。
2人の従業員は彼女に逆らえない。強制的にスペイン旅行につきあわされる。そして、そこからの疾風怒濤の展開に、ぼくは呆気にとられてしまった。
レイチェル・トレザイスの作品が翻訳されれば、すぐに読みたい。
装丁は平山みなみ氏+山田和寛氏、装画は安藤巨樹氏。(2020)