先日、新潟県へ1泊2日の小旅行に出かけた。
初日の行き先は中越の西端に位置する「柏崎(かしわざき)市」。
初訪問である。
新潟県の海岸沿いのほぼ中央に位置し、刈羽三山に囲まれた刈羽平野にあって、
新潟県内では6番目の人口(2022年現在)を擁する。
--- という程度の浅い知識しか持たない僕は、まず「柏崎市立博物館」へ。
地域の姿を把握し旅の軸を探したいと考えたのだ。
展示を通じ、柏崎の象徴が“米山(よねやま)”だと知る。
刈羽と頚城の境にそびえ立つ標高993mの美しい山は、
地元では「米山さん」と呼ばれて親しまれているらしい。
古くから病除け、五穀豊穣、海上安全など、山岳信仰の対象となり、
子供たち(かつては男児だけ)が大人への通過儀礼として登った。
今も米山登山が定番の学校行事との事。
僕もチャレンジしたい気はしたが、時間、装備、心構え共に不足。
あっさり断念した。
次に目を引いたのが“地下資源”。
館内では「軽井川南遺跡群総まくり ―古代の鉄づくりを知る」と題し、
かつて盛んに行われた鉄づくりの様子を紹介していた。
この周辺からは8世紀~12世紀(奈良~鎌倉時代)の製鉄遺跡が30以上も出土。
柏崎は、まさに古代日本の製鉄コンビナートだったのである。
また近代の柏崎は“大産油地”だった。
市街近郊で噴油した「西山油田」は、新潟市の新津、秋田の八橋と並ぶ日本三大油田の1つ。
明治32年(1889年)当時最大の規模を誇る製油所が建設された。
大小企業の製油所が乱立、一時は40数社を数え、
大正末期までオイルラッシュに沸く。
--- 余談ながら上記画像赤丸で囲ったロゴマークは、日本石油(現ENEOSの前身)のそれ。
デザインの由来は「コウモリ」。
長岡で開かれた創立パーティに1匹のコウモリが舞い込んだのがキッカケだとか。
西山における石油の歴史は古い。
「日本書紀」に『越の国より「燃える水、燃える土」を献上した』と記されていて、
何と、その時分の採取地が現存しているという。
俄然、興味を掻き立てられた僕は博物館を後にし、一路山間を目指した。
ハンドルを握りおよそ40分。
幹線道を外れて入った脇道はどんどん先細り。
自動車一台が通るのがやっと。
道端にとても小さな案内看板はあるものの、進むほどに不安は募る。
『ホントにこの道でいいのかよ?!』
『どこまでクルマで行けるんだ??』
そんな事を考えながら、ゆっくり慎重に走っていると--- あった!
看板前に駐車し、歩道を奥へ進む。
辺りに漂うオイル臭が次第に強くなる。
やがて、地底から滲み出た原油で土壌が黒く変色した一角に辿り着いた。
その匂いのため「臭水」「臭生水」「草生水」(くそうず)などと呼ばれた燃える液体は、
灯火として、水をはじく性質が防腐剤として、
また皮膚疾患の薬としても利用された。
江戸時代、石油の湧出量に応じ農地なみの税金がかけられたと聞く。
それだけ珍しいモノだったのである。
古代の製鉄コンビナート。
近代は石油コンビナートとして機能した柏崎は、
現代のエネルギー基地を目指した。
原子炉に火が入ってから、もう40年近くが経つ。
821万kW強の発電出力を誇る「柏崎刈羽原発」は、世界最大規模の原子力発電所。
敷地面積は420万㎡。
早苗が風に揺れる水田地帯を抜けた先の海岸線に鉄条網で覆われたフェンスが続いていた。
2021年にテロ対策上の重大な問題が相次いで明らかになり、
2023年5月現在も運転を禁止されている。
おいそれと捨てられない巨大な坩堝の今後はどうなるのだろうか?
--- さて今投稿最後は、中越B級グルメの話題。
“スパゲッティ風焼きそば”「イタリアン」である。
下越・新潟市近辺では「みかづき」。
中越・長岡市などでは「フレンド」。
いずれもチェーン店のメニューで知られるイタリアンは、
昭和30年代半ばソース焼きそばを参考に考案され、
スパゲッティナポリタンに対抗してネーミングされたという。
甘めの薄味ソースをまとった肉なし焼きそばの上に、
たっぷりのトマトケチャップミートソース。
ギョーザは、ニンニク抜きで皮がもっちり。
どちらも決して上品とは言い難いが、二度、三度と食べたくなる味わい。
ボリュームもあって旨いっス!
ごちそうさまでした!
越後見聞録、次回へ続く。
おっ、フレンドのイタリアン
そうそう、チープな味なんだけど
妙にあと引きますよね
大好きです(^^)
米山情報ありがとうございます
いつか登ってみたい!!
フレンドのイタリアンに反応してもらえるとは、
さすがビーグル旅の達人ですね。
みかづきも食べたかったのですが、
柏崎から100キロ近く北上する気にはならず、
別の機会に譲りました。
同じく米山登山のチャレンジも改めて。
もし貴兄が登ったなら、
是非、紹介してくださいませ。
では、また。
柏崎、油田は、新潟なので、何となく、知っていましたが、製鉄のことは、知りませんでした。
散乱する漂流物の彼方に建つ原発、荒廃した日本を想像させる光景ですね。
では、また。
コメントありがとうございます。
僕も同様で、柏崎が古代に鉄の産地だったと、
今回の訪問で初めて知りました。
世の中、知らないことが沢山あるものだと
改めて思い、見聞を広めなければと考えた次第です。
原発があるせいなのか、建物周辺の海岸は掃除されずゴミだらけ。
また、地域の避難場所の看板には自然災害に加え「原子力災害」の文字。
特殊な土地柄だと実感しました。
本文中にも書いた通り、おいそれとやめられない、
やっかいな原発はやがて世界各国のアキレス腱になるかもしれませんね。
では、また。