
被差別の地名リストの出版やネット掲載を企図した出版社に対し、東京地裁が条件付きで中止や削除を命じた。だが、ネット上には類似情報が拡散している。ネット事業者は削除のための自主的なルール作りを急ぐべきだ。
川崎市の出版社と経営者らは二〇一六年二月、戦前に政府の外郭団体が作成した「全国調査」の復刻版を出版すると告知。ネット上にも地名リストを掲載した。
これに対し、解放同盟は出版とネット掲載の差し止めを求める仮処分を申し立てた。横浜地裁などは申し立てを認め、地名リストの削除を命じたが、リストは他のサイトにも転載されていた。
同年三月には、東京法務局が出版社側に掲載の中止を「説示」したが、出版社側が無視したため、解放同盟と同盟員らは差し止めと損害賠償を求めて提訴した。
結婚や就職などをめぐる差別はいまもなくなっていない。一九七五年には地名リスト「地名総鑑」を二百社以上の企業が採用などに使っていたことが発覚。法務省が回収し、焼却した。
今回、出版社側は「学問の自由の侵害」などと反論したが、不特定多数が閲覧するネット上に地名リストが公表されれば、掲載地域に出自を持つ人びとが差別にさらされかねないことは自明だ。
実際、複数の自治体に「婚約相手の出身地がリストにあったが、被差別か」といった問い合わせがあったという。「差別を助長する自由」など存在しない。
一方、今回の判決では原告が出自を明らかにしている県については削除対象から外した。だが、原告以外にも被害が及びかねない人びとはおり、この判断は疑問だ。
深刻なのは現在も被差別を撮影した動画などがネット上に出回っていることだ。法務省は一八年、各地の法務局に「原則として削除要請の対象とすべきだ」と通知したが、削除は進んでいない。
昨年秋には、兵庫県内の被差別とされる地域についての動画が複数のサイトに掲載された。自治会長などが削除の仮処分を申し立て、サイト運営会社二社は自主的に削除したが、一社は裁判所の削除決定まで掲載を続けた。
罰則付きの規制を求める声もあるが、表現の自由を脅かしかねない。ネット事業者らには、人権侵害を許さぬ観点からの自主的かつ早急なルール作りを求めたい。