「当初に想定したほどの効果は発揮しなかった」
日銀が19日に公表した「多角的レビュー(点検)」と題する報告書でこう結論づけられたのは、2013年から23年まで総裁を務めた黒田東彦氏の下で実施された大規模金融緩和です。
安倍晋三首相が主導した経済政策「アベノミクス」の第1の矢である「大胆な金融政策」の目標はデフレ経済からの脱却でした。
低金利による円安で企業収益を押し上げ、賃金も上がって消費が伸びる。思い描きながら、実現できなかった好循環の姿です。
レビューは「経済・物価を一定程度押し上げ、デフレではない状態となることに貢献した」と一定の評価も与えてはいますが、物価高と賃金の伸び悩みが続き、納得し難い分析でもあります。
◆矢の大半は的を外す
アベノミクスには第2の矢「機動的な財政政策」に続いて、第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」がありました。日本経済が世界市場で稼ぐ新たな産業を見つけ出す最重要戦略です。第1と第2の矢は、成長という第3の矢を放つ基盤整備にすぎません。
しかし、第3の矢は大半が的を外したか、矢そのものが放たれなかったと考えられますが、例外的に力強い成長軌道を描いて飛んでいるのがインバウンド(訪日客)戦略でしょう。
国土交通省の外局である観光庁の調査では、24年上半期の訪日外国人旅行消費額は3兆9千億円超。半導体等電子部品や鉄鋼、自動車部品などの輸出額を上回っています。24年1~10月の訪日客も約3019万人に上り、最多記録を更新するのは確実です。インバウンドはもはや巨大産業です。
ただ、訪日客の地域偏在がもたらすオーバーツーリズムも課題になっています。
観光庁によると23年の訪日客の延べ宿泊者数の1位は東京都で約4364万人、愛知県は9位で約201万人、最下位の島根県は約5万人。地域偏在は地域に悪影響を及ぼしますし、国内各地に点在する素晴らしい場所が見過ごされていることも意味します。
国交省が調査した経済的豊かさを示す都道府県別指標によると、可処分所得は東京都が1位ですが通勤時間などを加味するとトップは茨城県、次いで石破茂首相の地元、鳥取県が2位となり東京は40位に転落します。
観光地の魅力でも同様のことが言えるのではないでしょうか。商品の品ぞろえや店舗の多さでは大都市が圧倒的優位でもあくまで働く場所。観光は二の次です。訪日客が最も喜ぶ日本人のもてなす心は、都会以上に地方の方が享受できるのではないでしょうか。
そこで同省が始めたのが「スモールコンセッション」です。各地にある未活用の古い街並みや施設を再生するため、地元と官公庁、学識経験者、金融機関を含む企業が力を合わせる街おこしです。
アイデアを持つ地方の人材は多いけれど生かす術(すべ)がない。気軽に相談できる産官学連携型の場を共同でつくれば、アイデアが実現できるというわけです。
◆訪日客の集中が課題に
成功すれば放置された店舗や家々が歴史的街並みに、廃校や廃ホテルも新たな施設として生まれ変わる可能性があります。こうした取り組みがSNSで広く知られれば訪日客の関心を集め、地域偏在を緩和できるかもしれません。
インバウンドは新たな投資が少なく済むばかりか、平和が前提という大きな長所があります。生まれ育った国が違う人と人との交流を促すことは究極の平和産業、経済安保政策ともいえます。
12月に入り、ホンダと日産が経営統合に向けて協議を始めるという大きな動きがありました。
合流を検討する三菱自動車も交えた3社のトップによる記者会見を見て、高揚感のなさに不安を覚えました。経営統合協議の発表は3社にとって成長戦略を描く起点となるはずですが、前向きな雰囲気が全く伝わってきません。
アベノミクスが演出した円安というぬるま湯に長くつかった製造業は、未来図も描けない体質になってしまったのでしょうか。
アベノミクスの第1と第2の矢は消滅に向かうはずです。金利は徐々に上がり、野放図な財政支出は許されません。一方、インバウンドをテコにした地方発の「再生の波」に期待が高まります。
アベノミクス後の経済がどう展開するのか。来年もしっかり「レビュー」したいと考えています。