
<東京新聞社説>偽動画と選挙 民主主義守る仕組みを
生成AI(人工知能)を悪用した「ディープフェイク」と呼ばれる偽動画が、社会を混乱させている。偽情報から身を守るにはネット利用者が真偽を見極める目を養うことが不可欠だが、利用者や民主主義を守る仕組みづくりにも知恵を絞らなければならない。
偽動画は以前から問題視されていたが、ネット上の膨大な画像や音声を組み合わせて学習する生成AIの普及に伴ってより深刻化した。専門知識がなくても、アプリを使えば高精度の動画を短時間で容易に作れるためだ。
米国の情報セキュリティー企業が今年ウェブ上で検知したディープフェイク動画の総数は約9万5千本。大半がポルノ動画だが、2019年比で5倍に増えた。
24年の米大統領選関連ではヒラリー・クリントン元国務長官の映像が捏造(ねつぞう)され、共和党指名争いに立候補しているデサンティス・フロリダ州知事を「大好きだ」と述べるなど、民主党が支持しているかのような偽動画が出回った。
またトランプ前大統領は、CNNキャスターが「われわれを打ちのめしたトランプ氏」と言っているように捏造された動画を自らの交流サイト(SNS)で拡散。
共和党全国委員会も「史上最も弱い」バイデン大統領が再選すれば中国が台湾に侵攻する、と否定的なイメージ動画を生成AIで作成、ユーチューブに投稿した。
日本でも岸田文雄首相がひわいな発言をしているかのような偽動画がネット上に出回った。
SNSを運営する米IT大手は偽動画がまん延する状況を憂慮して、自主規制に乗り出した。
メタは、フェイスブックやインスタグラムの政治広告に生成AIを利用した場合、それを明示するよう自主規制する方針を打ち出した。米連邦議会でも政治広告での不正利用を禁止するための法整備に向けて動き出している。
ただ、日本の著作権法は、権利者の許可がなくても、画像などの著作物を学習させることを原則認め、罰則のハードルも高い。急速に進化するAIに法整備が追いついていないのが実情だ。
表現の自由に留意するのは当然だが、来年は米国をはじめ各国で国家指導者らを選ぶ重要な選挙が行われる。偽動画を放置すれば民主主義を揺るがしかねない。どんな対策が有効か、各国の官民が協力して検討を急ぐべきだ。
<東京新聞社説>国の基金膨張 徹底的な見直し必要だ
国が設置した計190基金の残高が2022年度末で約16兆6千億円となり、3年間で7倍に膨れ上がった。膨張の背景には各省庁のずさんな管理・運用がある。財政規律の緩みに拍車がかかる中、基金の運用が適切か、徹底的に検証しなければならない。
基金は支出総額の算出が事前に難しい政策について、独立行政法人など省庁の外郭団体に予算を積む制度。農業支援などが対象で残高は2兆円台で推移してきた。
しかし、コロナ禍を機に各省庁が基金の対象を広げたことで肥大化し、残高も増えた=グラフ。
例えば、経済産業省関連の基金では、コロナ対策として中小企業の借入金利を補助する「特別利子補給事業」に22年度分で1千億円を見込んだが、実際には147億円しか使われなかった。こうした事例は氷山の一角に過ぎない。
国の予算は会計年度ごとに編成され、国会での審議と議決を経た上で執行される。財政民主主義の原則だ。例外として複数年度にまたがる基金は国会での徹底審議の対象になりにくく、監視の目が十分に届いているとは言い難い。
各省庁がこうした仕組みを悪用し、省益確保のために基金を増やしているのなら看過できない。
目的や効果が不明瞭な基金を残せば管理費だけがかさむ。国は余剰となった基金の返納や使途の監視強化に向けた規則づくりを急ぐべきだ。
会計検査院も基金の検査を強化し、結果を公表しなければ役割を果たしたと言えない。
河野太郎行政改革担当相は、11、12両日開かれた、有識者が予算の無駄を点検する「行政事業レビュー」の後、「すべての基金を見直す」と表明。岸田文雄首相は河野氏に対し、基金見直しの方針を年内に定めるよう指示した。
ただ、岸田内閣は23年度補正予算案に、半導体支援など緊急性の低い基金への4兆円超の支出を計上している。基金を見直すと言いながら、基金に巨額の予算を積み増す矛盾をどう説明するのか。
首相は毅然(きぜん)とした態度で各省庁の抵抗をはねつけ、すべての基金を見直さなければ、形ばかりの見直しとの疑いは払拭できまい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます