ある小学校で新任の担任教師に、1人の母親が担任の出身大学はどこかと尋ねた。担任が答えると、それでは私の方が学歴が上ですねと母親は言ったそうだ。これはHr君から聞いた話だが、大阪市で小学校の教師をしていた彼の妹から聞いたようだ。大阪にはモンスターペアレントが多いらしいが、この母親は底抜けのバカではないか。同じような話を私も育委員会の学校教育担当の課にいたときに聞いたことがある。ある小学校で、ある母親が先生たちより私のほうが学歴が上だと言ったというのだ。
学校の教師は4年制大学卒が大部分だ。母親も大学卒なのだろう。それなのに私の方が学歴が上だと言うのは、先生より私の方が「良い」大学を出ていると言いたかったのだろう。実際私が教育委員会にいたときに聞いた話の母親は、このあたりではちょっと知られているある私立女子大学の出身だったようで、それがどうしたと言うんだと思い、軽蔑したものだ。このような母親達は「学歴」だけで教師より優位に立っていると思い込み、もし子どもが問題を起こしても教師の言うことは素直に聞かないだろう。何よりもそのようなつまらぬことで先生よりお母さんの方がいい学校を出ているのよなどと家庭で話題にしたら、子どもの心は歪むだろう。
「学歴」とは個人にとってそれほどたいした勲章なのだろうか。中卒、高卒であろうと、いわゆる世間で言う2流、3流大学卒業であろうと、それがどうだと言うのか。学歴はひけらかすものではあるまい。どこを卒業していようと、その後のその人の生き方、人生への向かい方で評価されるのではないか。そのようなあたり前のことも分からず、先生より私の方が学歴が上だと思い、口にする卑小さは度し難い。こういうのを「頭が悪い」と言うのだろう。教育は受けてもどれに見合う教養も知性も得ることはなかったのだ。
学歴と言えば、いやな思いをさせられたことがある。ある50年輩の女性と話をしたとき、その女性が高校の教師をしていたことがあると聞いていたので、「○○さんは高校にお勤めだったのですね。」と尋ねると彼女は、「私、京大なんです」と言った。私も高校の教師だったので共通の話題でもあるかと思って尋ねたのだが、それを聞いて鼻白んでしまって、国語か社会の教師であったようだが、後は話を続ける気がしなくなった。彼女にとっては、高校教師であっても京大卒なんだということが誇り、と言うよりも自慢だったのだろう。話していても何か高いところから物を言っているような、自分の賢さをひけらかすようなところがあって、ちょっと馴染めない人柄だったが、どんな教師だったのだろう、勉強があまりできない生徒にはどのように対していたのだろうなどと思ったものだ。