一番上の孫娘のユリコと会った。幼い子どもが大好きで、幼稚園の教師か保育所の保育士になりたかったので滋賀県の彦根市の採用試験を受け、幸い合格した。最近地元の市の試験も受けたがまだ結果は分かっていない。それでももう就職については心配がなくなったので、ささやかだが祝ってやることにした。
駅に迎えにいくと父親(長男)も大阪で買い物をするということで一緒だった。この親子は仲がいいので楽しそうな様子だった。昼食は電車で一駅のところにあるイタリア料理店にした。前に電話で「イタリアンにしよう」と言ったら、早とちりして「えっ、イタリアに連れて行ってくれるの」と声を弾ませたので笑ってしまった。そんなことがあって食事の約束をしていた。
もともと私とユリコは気が合うのか、二人で会ってもよく話をするのだが、今回は息子が加わったので話が弾み大いに楽しかった。この子は最初の孫だったので、妻もとても可愛がっていた。それがもう成人し、来春からは社会人になる。妻が存命していたら、この昼食をどれほど楽しんだかと思う。
その後は、その店の近くのホテルの喫茶ルームに行き、しばらく話したが、ここでは最近の息子の仕事の様子を聞いた。息子は京都にある機械メーカーに勤めているが、このところ海外出張が多く、スペイン、トルコ、ブラジル、カナダ、中国、インドネシアなどを飛び回っていたようだが、最近の円高でなかなか厳しい情勢らしい。
ユリコに結婚はいつ頃するのかと尋ねたら、「さあ、後15年くらいかな」などととぼけたことを言う。15年もたてば40歳近くなってしまうし、私は生きていても90歳を超える。もちろん今は就職が決まったばかりだから、結婚どころではないし、女子大だから付き合っている男性もないようだ。その点ではネンネというのではないが、どうも淡白で、「オジイはせめてユリコの花嫁姿を見たいのだがな」と言ったものの、何やら覚束ない気がした。「江戸時代だったら20歳を過ぎれば年増、30歳も過ぎたら大年増と言ったんだぞ」と言ったが、「そうなの」と気にするようすもなかった。もっとも今頃の若い娘に年増や大年増などと言うのは時代錯誤で、時代小説の読み過ぎだろう。
あれこれ取り留めもなくいろいろ話をしてくつろいだ時を過ごしたが、息子もユリコもその後それぞれ行くところがあるようなので、適当に切り上げた。この何日間は無聊な毎日だったので、久しぶりに気分が晴れた。やはり家族は良いものだ。