先日レッスンを受けたソロの曲、Sonntag(日曜日)。
来週、ドイツリートの会のぷち発表会で歌う予定の曲だ。
wollte Gott,wollte Gott,ich war heute bei ihr,
wollte Gott,wollte Gott,ich war heute bei ihr!
お願いだ、神さま、お願いだ、今日こそはあの娘のそばにいたいんだ!
くりかえす歌詞に出てくる
war が、
(war の本当の表記は、a の上に ウムラウト…てんてんがふたつ つく)
~であったならいいのに!(けれど、現実には…)
という、”現実にはなりえない願望 ”
を意味すると教えられて、
「じゃあ、じゃあ これは
一方的な片想いのうた なんですねぇ!?」
と 思わず叫んだ?わたし。
この ほほえましい、ういういしい恋ごころをうたった歌は、
まだ相手と想いがつうじていないにしても
すこしは 相手にも脈があるのかなあ、
おたがいにほのかな想いはあって、
恋人未満 というところなのかなあ
などと 想像をめぐらせていたのだが、
なんとまあ、
まだ
憧れの彼女のそばにいられたならと ひたすらおもう彼の妄想の段階、
一方的な片想い状態 のうたなのだった。
がーん。(って、なんでわたしが ショックを受けるの??)
文法の意味を知っていたなら
詩の意味や、
デリケートなニュアンスもおのずとわかることがある…
ということなんだなあ。
うーん、がんばれよ。
うつくしい彼女に恋こがれている、片想い中の彼。
うーん、それもだけど、がんばれよ。
アガらずに たのしく、イイ顔して歌えよ、わたし。
でも、いまだから思うのかも知れないけれど
だれにも(想う相手にすら)じゃまされることのない、
片想い というのも いいものだよね。
自分だけの宝もの。
Sonntag 日曜日 ブラームス
そこでまる1週間も恋人に会わなかったが
ある日曜日に その娘が戸口に立っているのを見た
とても美しい娘だよ とても美しい恋人だよ
お願いだ、神さま、お願いだ、今日こそはあの娘のそばにいたいんだ!
そこでまる1週間もあの笑顔が忘れられない
ある日曜日に その娘が教会へ行くのを見たから
とても美しい娘だよ とても美しい恋人だよ
お願いだ、神さま、お願いだ、今日こそはあの娘のそばにいたいんだ!
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