東京電力集金人 (51)電気料金の決め方

集金人たちの動揺を軽減するための所長の目論見は、見事なまでに失敗した。
本店からやって来た若い2人が、黒字を、自画自賛で自慢し過ぎたためだ。
無理もない。3年前に発生した福島第一原発の放射能漏れ事故で、さすがの巨大独占企業の
東電も前途は、ほぼ完璧なまでに絶望視されていた。
巨大企業に安泰していた社員たちの中に、激しい動揺が走った。
豪華な保養施設をあとことに持ち、自前の社員専用の巨大病院を持ち、高額の年金が
確約されていた人生があっというまに崩壊し、奈落の底へ転落をはじめたからだ。
だが絶望をしたあの日から、わずか3年で、東電はものの見事に復活をした。
電力料金引き上げと言う消費者の重荷とひきかえに、業績を見事なまでに回復させた。
「してやったり」と東電の社員たちが、狂喜乱舞したのも無理はない。
高給取りとしての生活が復活し、保障された老後が前途にふたたびよみがえって来たからだ。
停止中の新潟県刈羽原発が再開されれば、まったくもって言うことなしの
絶好の展開になる。
東電復活の道筋は、常に「原発有りき」の前提でものごとが進んでいる。
阿部政権が、「今後3年間をめどに、原発再稼働の可能性をさぐっていく」と国会で明言をした。
苦境に立っている東電にしてば、鬼に金棒の、まさにタイムリーと言える発言だ。
こうした背景のことを考えれば、本店からやってきた若い2人が、集金人たちの不安を
やわらげるどころか、黒字を手離しで自画自賛したのも無理はない。
「どうじゃ。てこずっておるじゃろう、集金業務が」
玄関に顔を出した老助教授が、俺の暗い顔を見て、にこっと笑う。
「え。分かりますか?」と答えると、「当たり前じゃ。国民感情は沸騰寸前じゃからな」
と、またまた、にたりと俺の顔を見て笑う。
「お前の頭じゃ説明がつかんじゃろう。教えてやるから、まずは上がれ」と手招きをする。
この爺さんときたら、原発の話をするのが、ことのほか大好きだ。
役目を終えたイギリスの原子力発電所が、時間をかけ安全に廃炉の作業をすすめているが、
その費用は天文学的な金額になると教えてくれたのも、実はこの爺さんだ。
「公共料金は、すべて総括原価方式(そうかつげんかほうしき)と言って、
供給原価に基づいて、その料金が決められる。
安定した供給が求められる公共性の高いサービスには、すべて適用されておる。
適用されているのは、電気料金、ガス料金、水道料金などじゃ。
それぞれの料金は、電気事業法第19条、ガス事業法第17条、水道法第14条によって
細かく規定されておる」
「難しそうな話ですねぇ。なるべく、分かりやすく説明してくださいよ」
「大学を出たくせに、相変わらずの呑み込みの悪いやつだな。お前は。
明治から大正時代にかけて、日本には、700社を超える電力会社が誕生した。
過当競争が進んだために、各地で設備の二重投資などが発生をした。
その後、戦時体制の強化などもあり、国家が統制をすすめるもとで、発送電会社1社と、
配電会社9社という体制になったが、電源開発などの供給責任の所在が曖昧だったので、
常に、慢性的な電力の不足状態が続いた。
戦後の経済復興に向けて、安定した電力供給が不可欠であったことから、
昭和26年、全国を9地域に分けて、自主性と供給責任を持たせた発送配電一貫の
現在の体制が生まれた。これが今日の、電気供給の原型じゃ。
それに伴い電気料金も認可制で、総括原価方式による算定というしくみが整備された」
「なるほど。本当に分かりやすいですねぇ・・・」
「当たり前じゃ、これでも昔は大学の助教授だ。
電気は貯蔵ができないため、最大の電力需要時に対応できるだけの発電設備と、
電気を運ぶためのネットワークの設備や、送電線や配電線などの整備が必要となる。
東京電力の配電設備は、実に膨大だ。
3ヵ所の原子力発電所。25ヵ所の火力発電所。162ヵ所の水力発電所が有る。
これらを1592ヵ所の変電所に集めたあと、それぞれ2万1096㎞の送電線を使って
工場や各家庭へ電気を送る。
安定供給を確保するため発電所や送電線などの建設を、先々の需要を見通しながら
実行していくことになる。
電気は、一般の商品などと同様に、まず原料(燃料)の調達。
次に工場(発電所)での製造(発電)。
届けるために(送配電)に必要な費用(総括原価)をもとに、販売価格(電気料金)が
決められることになっておる」
「ルールにのっとって料金が決められるのなら、別に問題もない話だと思いますが」
「馬鹿者。何も分かっておらん男じゃな、お前さんも。
この総括原価方式の中に、停止中の原発の維持管理費も含まれるから大問題なんじゃ!」
「停止中の原発の維持費や、管理費も電気料金に含まれているということですか?」
「全額とは言わんが、実行中の福島の廃炉費用も含まれておる。
つまり電力会社と言うものは、全ての費用を、電気料金に転嫁できるということじゃ」
「えっ!」はじめて聞く真実に、俺の耳が思わずダンボになった。
※注釈 ダンボ 1941年、ディズニー制作のアニメーション長編映画の主人公。
大きな耳を持つ象の赤ちゃんのこと。
(52)へつづく
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集金人たちの動揺を軽減するための所長の目論見は、見事なまでに失敗した。
本店からやって来た若い2人が、黒字を、自画自賛で自慢し過ぎたためだ。
無理もない。3年前に発生した福島第一原発の放射能漏れ事故で、さすがの巨大独占企業の
東電も前途は、ほぼ完璧なまでに絶望視されていた。
巨大企業に安泰していた社員たちの中に、激しい動揺が走った。
豪華な保養施設をあとことに持ち、自前の社員専用の巨大病院を持ち、高額の年金が
確約されていた人生があっというまに崩壊し、奈落の底へ転落をはじめたからだ。
だが絶望をしたあの日から、わずか3年で、東電はものの見事に復活をした。
電力料金引き上げと言う消費者の重荷とひきかえに、業績を見事なまでに回復させた。
「してやったり」と東電の社員たちが、狂喜乱舞したのも無理はない。
高給取りとしての生活が復活し、保障された老後が前途にふたたびよみがえって来たからだ。
停止中の新潟県刈羽原発が再開されれば、まったくもって言うことなしの
絶好の展開になる。
東電復活の道筋は、常に「原発有りき」の前提でものごとが進んでいる。
阿部政権が、「今後3年間をめどに、原発再稼働の可能性をさぐっていく」と国会で明言をした。
苦境に立っている東電にしてば、鬼に金棒の、まさにタイムリーと言える発言だ。
こうした背景のことを考えれば、本店からやってきた若い2人が、集金人たちの不安を
やわらげるどころか、黒字を手離しで自画自賛したのも無理はない。
「どうじゃ。てこずっておるじゃろう、集金業務が」
玄関に顔を出した老助教授が、俺の暗い顔を見て、にこっと笑う。
「え。分かりますか?」と答えると、「当たり前じゃ。国民感情は沸騰寸前じゃからな」
と、またまた、にたりと俺の顔を見て笑う。
「お前の頭じゃ説明がつかんじゃろう。教えてやるから、まずは上がれ」と手招きをする。
この爺さんときたら、原発の話をするのが、ことのほか大好きだ。
役目を終えたイギリスの原子力発電所が、時間をかけ安全に廃炉の作業をすすめているが、
その費用は天文学的な金額になると教えてくれたのも、実はこの爺さんだ。
「公共料金は、すべて総括原価方式(そうかつげんかほうしき)と言って、
供給原価に基づいて、その料金が決められる。
安定した供給が求められる公共性の高いサービスには、すべて適用されておる。
適用されているのは、電気料金、ガス料金、水道料金などじゃ。
それぞれの料金は、電気事業法第19条、ガス事業法第17条、水道法第14条によって
細かく規定されておる」
「難しそうな話ですねぇ。なるべく、分かりやすく説明してくださいよ」
「大学を出たくせに、相変わらずの呑み込みの悪いやつだな。お前は。
明治から大正時代にかけて、日本には、700社を超える電力会社が誕生した。
過当競争が進んだために、各地で設備の二重投資などが発生をした。
その後、戦時体制の強化などもあり、国家が統制をすすめるもとで、発送電会社1社と、
配電会社9社という体制になったが、電源開発などの供給責任の所在が曖昧だったので、
常に、慢性的な電力の不足状態が続いた。
戦後の経済復興に向けて、安定した電力供給が不可欠であったことから、
昭和26年、全国を9地域に分けて、自主性と供給責任を持たせた発送配電一貫の
現在の体制が生まれた。これが今日の、電気供給の原型じゃ。
それに伴い電気料金も認可制で、総括原価方式による算定というしくみが整備された」
「なるほど。本当に分かりやすいですねぇ・・・」
「当たり前じゃ、これでも昔は大学の助教授だ。
電気は貯蔵ができないため、最大の電力需要時に対応できるだけの発電設備と、
電気を運ぶためのネットワークの設備や、送電線や配電線などの整備が必要となる。
東京電力の配電設備は、実に膨大だ。
3ヵ所の原子力発電所。25ヵ所の火力発電所。162ヵ所の水力発電所が有る。
これらを1592ヵ所の変電所に集めたあと、それぞれ2万1096㎞の送電線を使って
工場や各家庭へ電気を送る。
安定供給を確保するため発電所や送電線などの建設を、先々の需要を見通しながら
実行していくことになる。
電気は、一般の商品などと同様に、まず原料(燃料)の調達。
次に工場(発電所)での製造(発電)。
届けるために(送配電)に必要な費用(総括原価)をもとに、販売価格(電気料金)が
決められることになっておる」
「ルールにのっとって料金が決められるのなら、別に問題もない話だと思いますが」
「馬鹿者。何も分かっておらん男じゃな、お前さんも。
この総括原価方式の中に、停止中の原発の維持管理費も含まれるから大問題なんじゃ!」
「停止中の原発の維持費や、管理費も電気料金に含まれているということですか?」
「全額とは言わんが、実行中の福島の廃炉費用も含まれておる。
つまり電力会社と言うものは、全ての費用を、電気料金に転嫁できるということじゃ」
「えっ!」はじめて聞く真実に、俺の耳が思わずダンボになった。
※注釈 ダンボ 1941年、ディズニー制作のアニメーション長編映画の主人公。
大きな耳を持つ象の赤ちゃんのこと。
(52)へつづく
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