東京電力集金人 (63)お前、福島へ行け
「もしかしたら、俺にボランティアをやれという説教ですか?」
アインベッガーと言う、わざわざドイツから輸入されたノンアルコールビールは、
麦芽とホップしか使っていないため、ちょっと苦めな味がする。
色と泡の具合は、ホントのビールと大差がない。だがアルコール度数は驚異といえる0%だ。
近くに売っていないため、慶介さんはわざわざ通信販売で手に入れている。
「物足りなけりゃ、本物を頼んでやるぞ」と先輩が、俺の顔を横目で覗く。
アルコール度数がゼロのため、物足りなさは有るもののそれも業務中ではいた仕方がない。
渋い顔をして「大丈夫です」と言葉を返す。
「やっぱりな。おい、0,1%入りの極上品が有るだろう。それをこいつの出してやれ」
と先輩が、仕込み中の慶介さんを呼びつける。
当の本人はすでに2杯目となったビールの大ジョッキを、半分ほどまで飲み干している。
「そうさ。人生を掛けて、ボランティアをやれと言う話だ。
壮大なテーマだろう。超のんびりと人生を生きているお前さんにしてみたら」
「ボランティアに人生を賭ける・・・それっていったい、どういう意味なのですか?」
「ところでお前。もう、5月連休の予定は決めたのか?」
「大型連休で不在が増えますから、集金効率が普段よりも落ちます。
そんなもっともらしい理由も有って、うちでも、世間並みの10連休を予定しています」
「豪勢だな。安月給取りのお前が10連休もするとは。
ハウスが潰れちまって、毎日が休業状態の俺様から見れば屁みたいなものだがな。
電気代もろくに払えない貧乏人どもが、一人前に5月連休を遊びまわるのかよ。
そういう考え方と行動こそ、俺には信じられない話だ」
「外車のベンツや国産高級車を乗り回しているのに、給食代を払わない親たちと同じです。
金が無くて払えないのではなく、払いたくないから払わないんです。
抗議の色合いも含めて、自宅集金に切り替える消費者たちも増えてきましたから」
「まぁな。価値観てやつは、時代とともに姿を変えるからな。
女子高校生が通学用に使っているリュックサックなんか、そのいい例だ。
何が良いのか、みんな同じようにリュックサックを背負っていやがる。
そのうえ尻の所までずり落ちるような、変な背負い方までしている。
なんなんだ、あれは一体。
俺たちの頃は黒かばんに、白い靴下と黒靴が女学生の定番だったと言うのに」
「通学リュックと言うそうです。今時の女子校生の定番です。
いまどきは、女子中学生だって通学カバンを、わざわざリュックサック風に背負っています。
両手が自由になるから便利なんでしょ、きっと。
そんなことよりも、5月連休に何をしろと命令したいのですか、先輩は」
「るみちゃんを連れて、福島へ行け。
場合によれば、2度と帰ってくるな。そういう覚悟でお前は福島へ行け」
「え・・・・」先輩の提言に思わず俺は、目玉が飛び出すほどの衝撃を受けた。
まったく想定をしていなかった、突飛ともいえる先輩からの提案だ。
言われてみれば、今の時点ではまさに最適といえる考え方のひとつかもしれない。
るみの症状に、相変わらず改善の様子は見られない。
フラッシュバックに悩まされることは無くなったように見えるが、内面は分からない。
ときどき、優しい笑顔を見せてくれることも有るが、それも長い時間を続かない。
曇ったままのるみの瞳を見るたびに、俺の心までなんだか同じように重くなってくる。
もやもやとした明日の見えない毎日、がいまだに続いている今日この頃だ。
そういう意味でいけばまさに先輩の提案は、実に的を得たタイムリーなものといえる。
「浪江町にあった、月の輪酒造を知っているか?」
「るみから聞いた覚えが有ります。
杜氏をこころざしたるみが、高校を卒業してすぐに入社をした酒蔵です」
「美人女将のひとりごと、というブログがネットに載っている。
再建を危ぶまれたが、なんとか周りの援助を受けて再開にこぎつけたそうだ。
被災地で酒を飲んでくれと言い続けるのには、相当な覚悟を必要とする。
理不尽かなと、何度も思い悩んだそうだ。
だが女将は、こんな時だからこそ元気よく立ち上がる必要があると考えたそうだ。
実はこの群馬でも、月の輪酒造の試飲会が年に一回開かれる。
震災の年の秋も、周囲の協力を受けて、この定例の試飲会が開かれた。
壊滅的な打撃を受けたあとだから、試飲会に持ち込んできたのは、
かろうじて生き残ったという、地元福島の酒ばかりだ。
ある筋から呼ばれてこの試飲会に顔を出したが、やっぱり、どれも旨い酒だった。
るみちゃんの原点がその美人女将ががんばっているという、月の輪酒造にあるはずだ。
お前。2人で福島へ行けよ。
あ・・・いまは福島県じゃないぞ。移転をして確か、山形県の長井市に有るはずだ。
まぁいいや。どっちにしても同じ東北の地だ。
るみちゃんを再開したばかりの、月の輪酒造へ連れて行け」
(64)へつづく
落合順平 全作品は、こちらでどうぞ
「もしかしたら、俺にボランティアをやれという説教ですか?」
アインベッガーと言う、わざわざドイツから輸入されたノンアルコールビールは、
麦芽とホップしか使っていないため、ちょっと苦めな味がする。
色と泡の具合は、ホントのビールと大差がない。だがアルコール度数は驚異といえる0%だ。
近くに売っていないため、慶介さんはわざわざ通信販売で手に入れている。
「物足りなけりゃ、本物を頼んでやるぞ」と先輩が、俺の顔を横目で覗く。
アルコール度数がゼロのため、物足りなさは有るもののそれも業務中ではいた仕方がない。
渋い顔をして「大丈夫です」と言葉を返す。
「やっぱりな。おい、0,1%入りの極上品が有るだろう。それをこいつの出してやれ」
と先輩が、仕込み中の慶介さんを呼びつける。
当の本人はすでに2杯目となったビールの大ジョッキを、半分ほどまで飲み干している。
「そうさ。人生を掛けて、ボランティアをやれと言う話だ。
壮大なテーマだろう。超のんびりと人生を生きているお前さんにしてみたら」
「ボランティアに人生を賭ける・・・それっていったい、どういう意味なのですか?」
「ところでお前。もう、5月連休の予定は決めたのか?」
「大型連休で不在が増えますから、集金効率が普段よりも落ちます。
そんなもっともらしい理由も有って、うちでも、世間並みの10連休を予定しています」
「豪勢だな。安月給取りのお前が10連休もするとは。
ハウスが潰れちまって、毎日が休業状態の俺様から見れば屁みたいなものだがな。
電気代もろくに払えない貧乏人どもが、一人前に5月連休を遊びまわるのかよ。
そういう考え方と行動こそ、俺には信じられない話だ」
「外車のベンツや国産高級車を乗り回しているのに、給食代を払わない親たちと同じです。
金が無くて払えないのではなく、払いたくないから払わないんです。
抗議の色合いも含めて、自宅集金に切り替える消費者たちも増えてきましたから」
「まぁな。価値観てやつは、時代とともに姿を変えるからな。
女子高校生が通学用に使っているリュックサックなんか、そのいい例だ。
何が良いのか、みんな同じようにリュックサックを背負っていやがる。
そのうえ尻の所までずり落ちるような、変な背負い方までしている。
なんなんだ、あれは一体。
俺たちの頃は黒かばんに、白い靴下と黒靴が女学生の定番だったと言うのに」
「通学リュックと言うそうです。今時の女子校生の定番です。
いまどきは、女子中学生だって通学カバンを、わざわざリュックサック風に背負っています。
両手が自由になるから便利なんでしょ、きっと。
そんなことよりも、5月連休に何をしろと命令したいのですか、先輩は」
「るみちゃんを連れて、福島へ行け。
場合によれば、2度と帰ってくるな。そういう覚悟でお前は福島へ行け」
「え・・・・」先輩の提言に思わず俺は、目玉が飛び出すほどの衝撃を受けた。
まったく想定をしていなかった、突飛ともいえる先輩からの提案だ。
言われてみれば、今の時点ではまさに最適といえる考え方のひとつかもしれない。
るみの症状に、相変わらず改善の様子は見られない。
フラッシュバックに悩まされることは無くなったように見えるが、内面は分からない。
ときどき、優しい笑顔を見せてくれることも有るが、それも長い時間を続かない。
曇ったままのるみの瞳を見るたびに、俺の心までなんだか同じように重くなってくる。
もやもやとした明日の見えない毎日、がいまだに続いている今日この頃だ。
そういう意味でいけばまさに先輩の提案は、実に的を得たタイムリーなものといえる。
「浪江町にあった、月の輪酒造を知っているか?」
「るみから聞いた覚えが有ります。
杜氏をこころざしたるみが、高校を卒業してすぐに入社をした酒蔵です」
「美人女将のひとりごと、というブログがネットに載っている。
再建を危ぶまれたが、なんとか周りの援助を受けて再開にこぎつけたそうだ。
被災地で酒を飲んでくれと言い続けるのには、相当な覚悟を必要とする。
理不尽かなと、何度も思い悩んだそうだ。
だが女将は、こんな時だからこそ元気よく立ち上がる必要があると考えたそうだ。
実はこの群馬でも、月の輪酒造の試飲会が年に一回開かれる。
震災の年の秋も、周囲の協力を受けて、この定例の試飲会が開かれた。
壊滅的な打撃を受けたあとだから、試飲会に持ち込んできたのは、
かろうじて生き残ったという、地元福島の酒ばかりだ。
ある筋から呼ばれてこの試飲会に顔を出したが、やっぱり、どれも旨い酒だった。
るみちゃんの原点がその美人女将ががんばっているという、月の輪酒造にあるはずだ。
お前。2人で福島へ行けよ。
あ・・・いまは福島県じゃないぞ。移転をして確か、山形県の長井市に有るはずだ。
まぁいいや。どっちにしても同じ東北の地だ。
るみちゃんを再開したばかりの、月の輪酒造へ連れて行け」
(64)へつづく
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