東京電力集金人 (52)東電の電気代は、日本で一番高くなる
「総務省の家計調査によれば、2011年における家庭の平均電気料金は、月8,188円だ。
この中にはいま流行りの太陽光発電などの再生可能エネルギーの、買い取り費用も含まれておる。
原発の維持促進などに使われる「電源開発促進税」も、当然ながら含まれている。
家族4人の標準家庭で、年間、1,400円程度を負担している計算になる。
問題なのは税金の2重取りだ。8%の消費税と、電源開発促進税の2つが含まれておる。
だがこうした事実を明細書に、まったく明らかに書いてはおらん。
なんだ。そんなことも営業所では教えてくれんのか。
よくそれで東電の集金員がつとまっているなぁ。
知らんにもほどがある。呆れたもんじゃのう、まったく」
まったくの図星だ。老助教授の言葉に、ぐうの音も出ないし反論ひとつ出来ない。
俺が東電の集金人として採用されたのは、3.11の直後のことだ。
事務所で受けた業務講習は、実に大雑把だ。
その日集金する分のハンディターミナルを持たされ、各家庭をそれぞれ順番に訪ねて回る。
集金したらハンディターターミナルに金額を打ち込み、印字された領収書を相手に手渡す。
ただそれだけを繰り返していくだけの簡単な作業だ、と何度も説明された。
事実。ただそれだけの業務の繰り返しだった。
燃費を浮かすために50CCのバイクに乗り、指定された順番通りに集金していく。
福島第一原発で不祥事が明るみに出るたびに、集金先での風当たりは一段と強くなったが、
不思議なことに、それにもいつの間にか慣れた。
集金する金額の中に、原発を維持するための税金まで含まれていた事実は、俺も初めて知った。
「今回の黒字は、2012年に実施された電力料金の値上げによる、当然の結果だ。
東電は人件費を183億円ほど削ったが、その反面、電気料金の値上げで、
結局、清算してみたら1770億円も収入が増えた。
東電の経営は、原発事故の損害賠償などで大変な事態になっているはずだが、
こうした費用が、決算に響かない制度になっているんだから、当然黒字になる。
原発の廃炉で会社が破たんするどころか、原発をいっさい動かしていなくても、
電力会社は、必ず黒字になる。
電力会社が再稼働にこだわっている最大の理由が、実はここにある。
原発を廃炉にすると、毎年の減価償却が一括償却になり、会社は債務超過に陥る。
総括原価方式のもとでは、 原発が停止をしていても維持費や減価償却費などは、
すべて電気料金の中に含むことができる。
停まっていても、金が入ってくるという仕組みが最初から出来上がっておる。
電力会社が破綻しないための費用を、常に国民が払っているんだからな」
「ずいぶん融通の利く便利な料金システムですねぇ。総括原価方式というやつは」
「電気料金は、電気事業法に基づいて発電、送電、電力販売、設備投資などの費用に、
固定資産の3%を上乗せすることができる。それが「総括原価方式」というシステムだ。
経費が増えれば、自動的に電気料金を上げられるという仕組みになっておる。
東京電力の家庭向け電気料金がこの夏、沖縄電力を抜いて全国でもっとも高くなる。
離島の沖縄は発電や送電の費用がかさみ、原発もないことからこれまで本土より
1~2割ほど高かった。
しかし、福島第1原発事故後の値上げで、この差が縮まってきた。
業界関係者は「本土と沖縄の料金が逆転するのは,聞いたことがない」と驚いておる」
「東電の電気料が日本一高くなるのですか。初耳です。俺も、驚きです!」
「集金人のお前が今頃驚ろいてどうする、この馬鹿者。
電力10社が公表した一般モデル家庭の、1カ月分の料金比較はこうだ。
東電の6月分は、前月より26円高い8567円。9円下がった沖縄電力の8558円を上回った。
原発事故前の2011年1月をみると、発電の98%を火力で賄う沖縄が7270円と全国で最高だった。
一方で原発の比率が約3割だった東電は,沖縄より14%安い6257円。
10社の中では、3番目に安かった。
1千円余りの差が縮まるきっかけになったのは、2011年3月に発生した原発事故だ。
相次ぐ原発の停止を受け、東電は2012年9月から家庭向け料金を平均8.46%値上げした。
原発の代わりに火力発電が増え、燃料費の変動を反映させる「燃料費調整制度」も
料金の上昇に拍車をかけた」
「そういえば、この3年間で集金額がじわじわと上昇してきたような気がしますねぇ。
気のせいじゃなかったんだ。一軒当たりの集金額が増えていたのは・・・」
「その通りじゃ。沖縄は価格が安定している石炭を多く使っておる。
東電は、価格が急騰した液化天然ガス(LNG)の比率が高い。
そのために、料金差縮小にさらに拍車がかかった。
2011年1月から3年半の上昇率は、東電が全国最大の37%に対し、沖縄は18%にとどまっておる。
同じ構図は、ほかの電力会社にもあてはまる。
中部電力や関西、九州なども、家庭向け料金を約4~10%値上げした。
3年半の上昇率は、関電が28%、中部27%、東北26%、九州は22%に達しておる」
「東電の値上がり率だけが、ダントツの37%ですか・・・
道理で集金総額が多いはずだ。気がつかないうちに上げっていたんですからねぇ」」
「東京電力がべらぼうな費用が掛かる原発事故にもめげず、利益を上げられるのも、
日本独特のこの、総括原価主義というやつのおかげじゃ。
どうだ。わしの分かりやすい講義を聞いて、いくらかは勉強になったか。このうつけ者」
「はい。おかげさまで。
でも、どう説明したら黒字化した東電の、料金徴収がうまくいくでしょうか。
そのへんのところも、教えていただけるとラッキーなんですけど。大先生!」
「馬鹿もん。そのくらいは、自分の頭で考え出さんか、この単細胞」
いい加減にせんかと睨んだ老助教授が、「まったく。よくそれで大学の単位が取れたもんじゃ。
わしのところの学生なら、今頃はとっくの昔に退学処分じゃよ、あっはっは!」と、
大きな声で、愉快そうに笑い始めた。
(53)へつづく
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「総務省の家計調査によれば、2011年における家庭の平均電気料金は、月8,188円だ。
この中にはいま流行りの太陽光発電などの再生可能エネルギーの、買い取り費用も含まれておる。
原発の維持促進などに使われる「電源開発促進税」も、当然ながら含まれている。
家族4人の標準家庭で、年間、1,400円程度を負担している計算になる。
問題なのは税金の2重取りだ。8%の消費税と、電源開発促進税の2つが含まれておる。
だがこうした事実を明細書に、まったく明らかに書いてはおらん。
なんだ。そんなことも営業所では教えてくれんのか。
よくそれで東電の集金員がつとまっているなぁ。
知らんにもほどがある。呆れたもんじゃのう、まったく」
まったくの図星だ。老助教授の言葉に、ぐうの音も出ないし反論ひとつ出来ない。
俺が東電の集金人として採用されたのは、3.11の直後のことだ。
事務所で受けた業務講習は、実に大雑把だ。
その日集金する分のハンディターミナルを持たされ、各家庭をそれぞれ順番に訪ねて回る。
集金したらハンディターターミナルに金額を打ち込み、印字された領収書を相手に手渡す。
ただそれだけを繰り返していくだけの簡単な作業だ、と何度も説明された。
事実。ただそれだけの業務の繰り返しだった。
燃費を浮かすために50CCのバイクに乗り、指定された順番通りに集金していく。
福島第一原発で不祥事が明るみに出るたびに、集金先での風当たりは一段と強くなったが、
不思議なことに、それにもいつの間にか慣れた。
集金する金額の中に、原発を維持するための税金まで含まれていた事実は、俺も初めて知った。
「今回の黒字は、2012年に実施された電力料金の値上げによる、当然の結果だ。
東電は人件費を183億円ほど削ったが、その反面、電気料金の値上げで、
結局、清算してみたら1770億円も収入が増えた。
東電の経営は、原発事故の損害賠償などで大変な事態になっているはずだが、
こうした費用が、決算に響かない制度になっているんだから、当然黒字になる。
原発の廃炉で会社が破たんするどころか、原発をいっさい動かしていなくても、
電力会社は、必ず黒字になる。
電力会社が再稼働にこだわっている最大の理由が、実はここにある。
原発を廃炉にすると、毎年の減価償却が一括償却になり、会社は債務超過に陥る。
総括原価方式のもとでは、 原発が停止をしていても維持費や減価償却費などは、
すべて電気料金の中に含むことができる。
停まっていても、金が入ってくるという仕組みが最初から出来上がっておる。
電力会社が破綻しないための費用を、常に国民が払っているんだからな」
「ずいぶん融通の利く便利な料金システムですねぇ。総括原価方式というやつは」
「電気料金は、電気事業法に基づいて発電、送電、電力販売、設備投資などの費用に、
固定資産の3%を上乗せすることができる。それが「総括原価方式」というシステムだ。
経費が増えれば、自動的に電気料金を上げられるという仕組みになっておる。
東京電力の家庭向け電気料金がこの夏、沖縄電力を抜いて全国でもっとも高くなる。
離島の沖縄は発電や送電の費用がかさみ、原発もないことからこれまで本土より
1~2割ほど高かった。
しかし、福島第1原発事故後の値上げで、この差が縮まってきた。
業界関係者は「本土と沖縄の料金が逆転するのは,聞いたことがない」と驚いておる」
「東電の電気料が日本一高くなるのですか。初耳です。俺も、驚きです!」
「集金人のお前が今頃驚ろいてどうする、この馬鹿者。
電力10社が公表した一般モデル家庭の、1カ月分の料金比較はこうだ。
東電の6月分は、前月より26円高い8567円。9円下がった沖縄電力の8558円を上回った。
原発事故前の2011年1月をみると、発電の98%を火力で賄う沖縄が7270円と全国で最高だった。
一方で原発の比率が約3割だった東電は,沖縄より14%安い6257円。
10社の中では、3番目に安かった。
1千円余りの差が縮まるきっかけになったのは、2011年3月に発生した原発事故だ。
相次ぐ原発の停止を受け、東電は2012年9月から家庭向け料金を平均8.46%値上げした。
原発の代わりに火力発電が増え、燃料費の変動を反映させる「燃料費調整制度」も
料金の上昇に拍車をかけた」
「そういえば、この3年間で集金額がじわじわと上昇してきたような気がしますねぇ。
気のせいじゃなかったんだ。一軒当たりの集金額が増えていたのは・・・」
「その通りじゃ。沖縄は価格が安定している石炭を多く使っておる。
東電は、価格が急騰した液化天然ガス(LNG)の比率が高い。
そのために、料金差縮小にさらに拍車がかかった。
2011年1月から3年半の上昇率は、東電が全国最大の37%に対し、沖縄は18%にとどまっておる。
同じ構図は、ほかの電力会社にもあてはまる。
中部電力や関西、九州なども、家庭向け料金を約4~10%値上げした。
3年半の上昇率は、関電が28%、中部27%、東北26%、九州は22%に達しておる」
「東電の値上がり率だけが、ダントツの37%ですか・・・
道理で集金総額が多いはずだ。気がつかないうちに上げっていたんですからねぇ」」
「東京電力がべらぼうな費用が掛かる原発事故にもめげず、利益を上げられるのも、
日本独特のこの、総括原価主義というやつのおかげじゃ。
どうだ。わしの分かりやすい講義を聞いて、いくらかは勉強になったか。このうつけ者」
「はい。おかげさまで。
でも、どう説明したら黒字化した東電の、料金徴収がうまくいくでしょうか。
そのへんのところも、教えていただけるとラッキーなんですけど。大先生!」
「馬鹿もん。そのくらいは、自分の頭で考え出さんか、この単細胞」
いい加減にせんかと睨んだ老助教授が、「まったく。よくそれで大学の単位が取れたもんじゃ。
わしのところの学生なら、今頃はとっくの昔に退学処分じゃよ、あっはっは!」と、
大きな声で、愉快そうに笑い始めた。
(53)へつづく
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