落合順平 作品集

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東京電力集金人 (60)SPEEDIの事実は、公表されなかった

2014-08-22 11:00:46 | 現代小説
東京電力集金人 (60)SPEEDIの事実は、公表されなかった




 町職員が支所を出発する数時間前の15日、早朝のこと。
30キロ余り離れている福島第一原発で衝撃音が発生した。4号機建屋の損傷だ。
高濃度の放射性物質が建屋から漏れたというデータが、即時に原発敷地の境界で観測された。
だが防護服を着ていた町の職員たちに、この放射能飛散の事実は知らされていない。


 この日の夜、浪江町津島地区の赤宇木で、高い放射線量が測定されている。
だがこれもまた同じように、町の職員や住民にはまったく知らされていない。
政府と対策本部内において、こうした異常な数値の評価や公表の仕方などの役割分担が、
まだまったく決められていなかったためである。
町長の馬場有氏(63)は3月の下旬になってから、こうした事実を初めて知ることになる。
町内の各地で高い放射線量が、相次いで測定されていたことに強い衝撃を受ける。



 政府が事実を明らかにしたのは、多くの住民が避難先として指定された津島地区を去り、
二本松市東和地区などへ避難をおえた後のことだ。
「車を使ったモニタリングで、浪江町の東部や津島地区で大変な数値が出ている」
最初に明らかにされたのは、民間大学の研究者のものだった。
「政府には、モニタリングデータを速やかに公表しようとする姿勢が当初から欠けている。
公表する場合も、一部を断片的に示しただけだ」と、明言している。
政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)は、2012年12月にまとめた中間報告で、
あらためて、こうした政府の姿勢を問題視している。


 国や県、東電からの情報の遅れは、避難に直面した市町村の住民たちをいたずらに混乱させた。
食い止められたはずの被爆の被害を、さらに拡大させた責任はきわめて大きいと言える。


 政府には、原発が事故をおこした際に稼働する緊急時の迅速放射能影響予測機がある。
通称「SPEEDI」と呼ばれる、緊急用のネットワークシステムだ。
SPEEDIには、全国の原子力施設の炉型や、周辺地形などのデータがすべて組み込まれている。
原発事故が発生し、放射性物質が放出されると、気象庁が使っているアメダスと連動して、
いちはやく風向や風速、気温などから放射性物質の拡散を計算して図形化する。
最大で79時間後までの飛散を、確実に予測する能力を持っている。


 SPEEDIは、事故直後の3月11日の17時から動き始めている。
だが最初に拡散予測図が公表されたのは事故から12日後の、3月23日になってからだ。
その後、4月11日に2枚目の拡散記録が公表された。
高機能を誇るネットワークシステムが、まったく本来の役割を発揮していないことになる。
だがこれには実は、秘密が隠されている。

 東京電力は地震発生翌日の3月12日に、1号機と3号機内で炉内の圧力を下げるため、
放射能を帯びた水蒸気などを建屋外に放出する「ベント作業」に踏み切った。
13日には2号機でも、ベント作業を実施している。
さらに15日にはフィルターを通さない緊急措置である「ドライベント」も行なっている。
このタイミングで、大量の放射性物質が概に福島の空に飛散をしている。



 モニタリングのデータも、そうした事実をはっきりと証明している。
だが当時の民主党政権・枝野幸男官房長官は、こうした福島の1号機のベント作業の直後に、
「水蒸気の放出は、ただちに健康に影響を及ぼすものではない」(12日)と発言している。
20km圏内に出ていた避難指示を、この時点ではまったく変更していない。。
関係者の証言によれば、この時点で枝野氏はSPEEDIのデータを既に知っていた。



 それを裏づける重大な証言が飛び出した。
SPEEDIを担当している文科省科学技術・学術政策局内部からの証言だ。
「官邸内の幹部から、SPEEDIの情報は絶対に公表するなと命じられていた。
さらに2号機でベントが行なわれた翌日(16日)には、官邸側からの指示でSPEEDIの担当が
文科省から、内閣府の原子力安全委に移されてしまった」


 名指しされた官邸幹部は「そうした事実はない」と大慌てで否定をしている。
だが政府が先頭に立って、こうした“口止め”工作をした疑いは強い。
おおくの関連自治体も、同様の証言をしているからだ。



 システム通り福島県庁にも、SPEEDIによる飛散の試算図は爆発の当初から送られてきた。
だが県は、周辺の市町村や住民に一切警報を出していない。
その理由を福島県災害対策本部原子力班は、以下のように説明をした。
「原子力安全委が公表するかどうか判断するので、県が勝手に試算図を公表してはならないと
強い口調で、釘を刺されました」と証言している。


 福島県は、玄葉光一郎・国家戦略相や、渡部恒三・民主党最高顧問という
菅政権を支える幹部たちの出身地だ。
玄葉氏は、原子力行政を推進する立場の科学技術政策担当相を兼務している。
長老の渡部氏は自民党議員の時代に、福島へ原発を誘致するために熱心に関わった政治家だ。


 これらの経緯は、今後においても国会などで徹底的に解明されなければならない。
「政府が情報をひた隠しにしたために、おおくの国民を被曝させた」となれば、事態は重大だ。
チェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した、旧ソビエト政府と全く同じ歴史的大罪にあたる。
その後も「安全だ」と何度も繰り返し言い続けた経緯のことを考えると、
どうやら動機は「政府の初動ミスを隠すため」だった、と考えるのが妥当かもしれない。

 
 

(61)へつづく


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