落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (57)女たちのおしゃべり

2014-08-19 09:26:52 | 現代小説
東京電力集金人 (57)女たちのおしゃべり



 
 先輩がすぐ近くにいるとも知らず、女たちのおしゃべりはさらに続く。
おんなたちは場所を選ばずに、一般的に立ち話をすることが大好きだ。
そこが街中の歩道の上だろうが、スーパーで買い物の途中の通路だろうが、お構いなしに
馴染みの顔を見つけるといきなり立ち止まり、「ごきげんよう」と会話が始まる


 人ごみの中で、いきなり女たちが立ち止まっておしゃべりをはじめることに特別な意味はない。
ただおしゃべりしたいからからだけのことだ。そのために、衝動的に立ち止まる。
男には到底理解することのできない、女性だけが生まれた時から持っている習性だ。



 男の脳は理屈っぽく物事を考える。だが女の脳は物事の解決を好まない。
女は、ひたすら問題点をくどくどと語る事と、そんな風に無駄な時間を過ごすことが大好きだ。
女のとにかくおしゃべりがしたいという習性を示す、こんな逸話がある。


女『車のエンジンがかからないの…』
男『あらら?バッテリーかな?ライトは点く?』


女『昨日まではちゃんと動いてたのに。なんでいきなり動かなくなっちゃうんだろう。』
男『トラブルって怖いよね。で、バッテリーかどうか知りたいんだけどライトは点く?』
女『今日は○○まで行かなきゃならないから車使えないと困るのに』
男『それは困ったね。で、どう?ライトは点く?』


女『前に乗ってた車はこんな事無かったのに。こんなのに買い替えなきゃよかったなぁ。』
男『…ライトは点く?点かない?』
女『○時に約束だからまだ時間あるけど、このままじゃ困ちゃう。』
男『そうだね。で、ライトはどうかな?点くのかな?』


女『え?ごめんよく聞こえなかったけど』
男『あ、えーと、、ライトは点くのかな?』
女『何で?』
男『あ、えーと、エンジン掛からないんだよね?バッテリーがあがってるかも知れないから』
女『何の?』
男『え?』
女『ん?』

男『車のバッテリーがあがってるかどうか知りたいから、ライト点けてみてくれないかな?』
女『別にいいけど。でも、バッテリーあがってたらライト点かないよね?』
男『いや、だから。それを知りたいからライト点けてみて欲しいんだけど。』
女『もしかして、ちょっと怒ってる?』
男『いや別に怒ってはないけど?』
女『怒ってるじゃん。何で怒ってるのさ?』
男『だから怒ってないです』


女『あたし何か悪いこと言いました?言ってくれれば謝りますけど?』
男『大丈夫だから。怒ってないから。大丈夫、大丈夫だから』
女『何が大丈夫なの?』
男『バッテリーの話だったよね?』
女『車でしょ?』
男『ああそうそう、車の話だった』




 女という生き物は、無駄なおしゃべりが大好きだということを証明したかっただけの事だ。
「ひとつ聞いてもいい?」という奥さんの問いかけに、るみが「はい」と素直にうなずいてみせる。
女同士の会話は、弾みがついてくると終着点が見えなくなってくる。
(長くなりそうだな・・・)腹を決めた先輩が2人に背を向け、物陰にそっと腰を下ろす。
奥さんの長いおしゃべりは、先輩の家ではよく有る日常すぎる光景だ。


 「私が育ったのは房総半島の突端に近い町です。
 毎日それこそ、飽きるほど海を見ながら育ったわ。
 それがねえ、主人と所帯を持ったとたんに、海なし県のど真ん中に引っ越しでしょ。
 正直、環境の違い過ぎに焦ったわよ、最初のうちは。
 北を見れば、これでもかとばかりに、デンと赤城山がそびえているし。
 東西南北のうちの3方向に、2000メートルを超える山々が毎日見え隠れするんだもの。
 見慣れた海の景色が無いということは、毎日の当たり前が奪われたのと同じことです。
 でもね。可笑しなものですね人間なんて、住めば都でそのうちに慣れてきました。
 最初のうちは鳴神山の山頂から眺める海の景色が恋しかったけど、
 そのうちに少しづつ馴染んできました。
 周囲を取り囲んでいる山々の名前がわかってくると、なんだか愛しい存在になるの。
 11月の半ばを過ぎると富士山によく似た形の浅間山が、1番先に真っ白に雪化粧するの。
 群馬に本格的な冬がやってくるぞという、大自然からの合図です。
 四季それぞれの山の景色に見慣れてくると、それなりに心も落ち着いてくるから不思議です」


 「あのう・・・私に何か、質問が有ったのでは・・・」


 「そうそう。そちらのほうが本題だったわね。
 もう恋なんか絶対にしたくない。本気であなたはそんな風に考えたことが有りますか?。
 心がぽっきりと音をたてて折れそうな失恋を、経験したことがあなたには有るかしら?」


 「え・・・」先輩の奥さんから飛び出してきた想定外の質問に、
るみの眼が、いきなり点にかわってしまいます。



(58)へつづく


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