落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (53)豪雪から。2ヶ月

2014-08-06 12:18:59 | 現代小説
東京電力集金人 (53)豪雪から。2ヶ月



 3月の後半から、陽気が一変した。
暖かい日々が続いた結果、あっというまに桜のつぼみが膨らんだ。
薄いピンク色の花がポツポツと開き始めると、何故か心がわくわくとしてくる。
外出したがらないるみも、桜の誘惑に負けたようだ。
おふくろと2人で、毎日すこしづつだが、桜見物で近所を出歩くようになった。


 関東甲信地方の農業施設に、壊滅的な被害をもたらした豪雪から2カ月。
ビニールハウスの復旧が急がれる中、パイプと鉄骨の供給は相変わらず見通しが立たない。
今年中の完全復旧は無理だろうという見方が、農家の間で広がっている。


 平年をはるかに超える受注量が、突然発生をしたためだ。
生産が間に合わず、短期間では、とても受注に応えきれないとメーカーは言う。
施設を建てる施工業者の不足も、復旧の遅れに輪をかけている。
ハウスの再建が来年度にずれ込んでしまえば、一年間限定になっている政府の補助を、
受けられないという可能性も出てくる。
先行きの不透明さが農家の悩みに、さらに輪をかけている。


 農水省が3月28日までにまとめた2月の豪雪被害のうち、ビニールハウスの
損壊件数は、北海道から宮崎県までの35都道府県で、2万6957件。
この1カ月で新たに、8000件が追加された。
JA全農の試算によれば、関東甲信地方や福島県だけで、再建に必要となるパイプの量は34万トン。
通常の場合、メーカによる年間供給量は約5~6万トンだ。
増産の努力はしているものの、厳しい供給状況が、当分の間続くと誰もが見ている。



 某大手パイプメーカーは「受注分はフル稼働で対応している。
それにしても被害が大き過ぎる。現状把握に努めている状態だ」と苦しい胸の内を明かす。
「14年度内に、全ての需要に対応するのは難し過ぎる」と見通しについて語っている。


 園芸関係の被災農家戸数が1000戸を超えている群馬県の前橋市では、先週、
生産メーカーと施工業者を集めて情報交換会を開いた。
14年度中にビニールハウスを再建できるか、その見通しを立てようと開いた情報交換会だが、
結局、年度内に完全な復旧ができる見通しはまったく立たなかった。


 前橋市で倒壊した農業用施設のうち、パイプハウスの面積は約60ヘクタール。
建設用のパイプが入手できても、建てる側の施工業者が不足していることも明らかになった。
会場では、農家自身が施工できるタイプのパイプハウスを提案したメーカーもあったほどだ。
JA全農も、ハウスの再建用に建て方を教えるDVDを5月中に出す予定でいる。


 復旧に対する国の補助は、14年度内に施工が完了した場合に限定されている。
今のところ、15年度以降の着工分は対象外としているため、被害を受けた農家は、
引き続き現場の実情に合った支援策を求めている。



 農業新聞を読む限り、紙面からは悲観的なニュースばかりが目に飛び込んでくる。
「やるせないよなぁ~まったく」とぼやいた先輩が、ポンと農業新聞を俺の膝に投げてきた。
農業新聞は、国内で唯一発行されている日刊の農業専門紙だ。
発行部数は約40万部。
もともとは農業協同組合の全国組織「全国新聞情報農業協同組合連合会」(JA新聞連)
の手によって発行されていたものだ。
2002年に、農協が株式会社化するための受け皿として「株式会社・日本農業新聞」が
設立され、JA新聞連から大半の事業がこの新会社に譲渡された。

 
 片隅に、「群馬県産の農産物を買って農家を応援して」、という見出しがある。
2月の大雪で甚大な農業被害を受けた同県は13日。「雪にくじけない!ぐんまの農業応援フェア」
を、東京・銀座にあるアンテナショップ「ぐんまちゃん家(ち)」で開いた。


 フェアには大澤正明県知事と、長岡武JA群馬中央会長が県産のキュウリやトマト、ナス、
ホウレンソウなどを無料で配布。店先には、野菜を受け取ろうと長い行列ができた。
大澤知事は「復興に向けた県内農家の取り組みを首都圏の消費者に伝えられた」と強調。
農家を元気づけ、復興の加速につなげたいと発言した。


 JAの長岡会長も、「安全で安心、安定した農産物供給の期待に応えるためにも、
一日でも早く経営を復旧させたい」と述べている。
主婦の一人は「大きな被害が出たと聞いて心配していた。
早く経営を再建できるよう、頑張ってほしい」と激励したと書かれている。
県は、今後も復興の進捗(しんちょく)状況を見ながら、農家を支援するイベントを開く。
と最後に記事が締めくくられている。



 「大雪による群馬県内の被害額は422億4000万円。
 そのうち、ビニールハウスが267億円だ。被害面積は1188ヘクタール。
 壊れたハウスの片付けは、JA職員やボランティアの協力などで徐々には進んでいるが、
 再建用のパイプなどの資材は、相変わらず逼迫(ひっぱく)したままだ。
 再建への道のりは険しいというのに、知事もJAの会長も東京で呑気に野菜を配っている。
 正直言って、売名だけが目的の猿芝居だ。
 群馬の野菜がいくら都民に支持されたって、生産者の俺たちが野菜を作れない。
 足元の問題をちゃんと片づけてから、東京へ営業に出て行けと言うんだ。
 まったく、政治家どもは何も考えず、いつでもパフォーマンスばかりを最優先させたがる。
 人のうわさも75日と言うが、災害から2ヶ月も経つと被害も「過去の物語」にされちまう。
 こちとら、日干しになりかえているというのに、農業県の知事さんは
 まったくもって、呑気なもんだ…」


 つまんない人物を知事に選んじまったなぁ、と毒づいた先輩が農業新聞をくるくると丸め、
そのまま庭先に有る焼却用のドラム缶に、燃えるゴミとしてポンと放り込んだ。


(54)へつづく



 落合順平 全作品は、こちらでどうぞ