落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (61)2度と帰れない地

2014-08-23 10:58:39 | 現代小説
東京電力集金人 (61)2度と帰れない地




 「帰宅困難区域。住居制限区域。避難指示解除準備区域の違いが良く分からないのよ。
 ニュースでよく耳にする言葉だけど、何がどう違うのか、区別できないの。
 福島県の方には申し訳ないけど、県外に住んでいる人間にとっては、
 日常的に使う言葉ではないでしょ。どう受け止めればいいのか、混乱しています。
 少し理解を深めたいと思って口にしてしまいました。
 ごめんなさい。深い傷を負っているあなたには、すこし酷すぎる質問かしら?」


 ごめんなさいと謝っている割に、奥さんの眼には涼しい光が宿っている。
多くの苦労と困難を何度も乗り越えてきた自信が、奥さんの眼に涼しい色を与えている。
やんちゃな娘を3人も育てあげると、人生の達人のような顔になるのかしら・・・と、
るみが思わず、ほほ笑みを浮かべる。


 「避難指示というのは命令ではありません。でもよく使われる避難勧告よりは強い言葉です。
 避難指示が出ている区域のことを「避難指示区域」と呼びます。
 避難をしなくても罰則はありませんが、警戒区域に無断で入れば、こちらには罰則があります。
 警戒区域は災害による危険を防ぐために、許可を得た者以外の出入を禁止して、
 自由な出入りを法的に制限している区域のことです。
 3.11のような天災の場合でも、人災の場合にも、警戒区域は設定されます」



 「事故直後は、20キロ圏内が最初の警戒区域に指定されたでしょ。
 国道に検問が有って、そこから先へ一般人は入れなかったと主人から聞いています」



 「事故直後は、警戒区域と計画的避難区域の2つだけが指定されました。
 計画的避難区域に指定されてしまうと、一か月以内にそこから立ち退かなければなりません。
 住みつづけていると、放射線の年間積算線量(1年間に受ける放射線量の合計)が
 人が害を受ける20ミリシーベルトに達する恐れがあるからです。
 福島第一原発の原子炉が冷温停止状態になった状態を受けて、区域が見直されました。
 2012年4月から、現在の形に再編しています。
 避難指示に指定された区域をいまでは「帰宅困難区域」・「住居制限区域」
 「避難指示解除準備区域」という、3つに分けています」



 「帰宅困難区域というのは?」


 「特別な許可がなければ立ち入りすることができない、とても危険な地域のことです。
 まったくの立ち入り禁止区域です。国道には数ヵ所に検問所があります。
 放射線の年間積算線量は、いまだに50ミリシーベルトを超えています。
 事故から5年経っても、20ミリシーベルトを下回らない可能性がある地域です」


 「じゃ、住居制限区域というのは?」



 「その地域にも居住することはできません。許可がなければ泊まることもできません。
 お店を開いて商売することもできません。
 例外的に、復興作業に必要なガソリンスタンドなどは開くことができます。
 ただし住居制限区域は、特別な許可がなくとも自由に出はいりすることができます。
 自動車で通ることも、車から降りて歩くことも可能です。
 飯舘村はほとんどの人たちが避難していますが、村内を通っている国道を、
 いまでもたくさんの自動車が行き来しています。
 富岡町の富岡駅には、大勢の見学者が次々とやってきます。
 でも、こうした居住制限区域のお店は全部閉まっています。住んでいる人もいません。
 放射線の年間積算線量が、20~50ミリシーベルトにあたる地域のことです」


 「ということは避難指示解除準備区域になると、規制はもっとゆるやかなわけですね」



 「解除準備地域は、特別な許可がなくても入ることができます。
 特別な許可がなければ自宅などに泊まることはできませんが、会社やお店は開くことはできます。
 私がお世話になった月の輪酒造は、この避難指示解除準備区域にありますが、
 私の実家は、帰宅困難区域に指定されたままです」


 「政府は、福島の復興なくして日本の復興はないとあれほど言い続けてきたくせに、
 現実はいまだに、まったく改善をされていない状態ですか・・・
 あなたの家は、帰宅困難区域の中にあるのですか。
 それでもあなたは、生まれ育ったその家に帰りたいと思っているんでしょ、
 実際のところは?」



 「え・・・」るみが、思わず固まる。
「私が、故郷へ懐かしい思いを込めて、鳴神山の山頂から房総方面を見つめていた時と、
まったく同じ目をして、あなたは北の故郷の空を眺めていたもの。
あなたは、群馬に骨をうずめる女性じゃないと思うわね。おそらく、きっと・・・」
驚いているるみを見つめて、「あなたは間違いなく、福島へ帰るべき女性のひとりだわ」
と奥さんが、優しくるみの肩を抱き寄せる。



(62)へつづく


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