本心
平野啓一郎さんの最新作は、自由死が合法化された近未来の日本が舞台。シングルマザーに育てられた孤独な青年 朔也は、亡くなった母そっくりの VF (バーチャルフィギュア) を作り、自由死を望んだ母の本心を探ろうとします。
カズオ・イシグロ「クララとお日さま」に続き、こちらも AI が登場する小説です。とはいえ、未来を舞台にはしているものの、描かれているのはSFの世界ではなく、過去から現代、そして未来へと連なる人間の心の物語である、と私は思いました。
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今よりさらに格差が進んだ近未来。主人公の朔也はリアルアバターという仕事に就いています。ヘッドセットをつけて、依頼人に代わって思い出の地を訪れるなど、人の心に寄り添う仕事ですが、一方で依頼人から便利に使われることもしばしば。
朔也は、母の生前を探っていく中で、母と仲良くしていたという三好という若い女性と会い、その後三好が災害で行き場をなくしてからは、家に呼び寄せて母が使っていた部屋を貸し、いっしょに暮らすようになります。
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朔也と三好は、こっちの世界に住んでいて、あっちの世界に移り住むことは不可能だと半ばあきらめています。先の見えない閉塞感の中、読んでいて心が押しつぶされそうになることもありましたが、朔也があるきっかけでイフィーと出会って
アシスタントを務めるようになってからは、一気にエンタメ性が高まり、おもしろくなってきました。
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イフィーは、人々がバーチャルな世界で遊ぶ時に装うアバターのデザイナーで、巨万の富を築いていますが、いたって気さくで、こだわりのない、心の広い人物。(私の中では「ザ・ハッスル」に出てくるトーマスみたいなイメージ)
朔也と三好にとっては、あっちの世界に住むイフィーですが、彼には障害があって車椅子に乗っていて、人の手を借りなければ生活できないことにコンプレックスを抱いているのです。
朔也、三好、イフィーという3人の、微妙なバランスの上に成り立つ関係。私は、朔也が大切な人の幸せを願ってとった行動に、涙が止まらなくなってしまいました。
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この他、VFである母が介護施設でお話相手として仕事を始めるのも衝撃でした。人は亡くなってもなお、だれかの役に立てるというのは、ちょっとした希望を与えてくれました。(亡くなった後のことなんて知らんこっちゃないといってしまえばそれまでですが)
「クララのお日さま」との共通点もありました。AF、VFは、持ち主の心の穴を埋めてくれる存在ですが、持ち主がAF、VFなしに暮らせるようになることが、あるべき到達点なのだろうと思います。
今年一番のお勧めの小説です。(余談ですが、昨日 平野啓一郎さん原作の「ある男」の映画化が発表されましたね。原作がとてもよかったので、映画も見てみたいです!)