syuの日記・気まま旅

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伊勢神宮 内宮

2013-03-14 | 気まま旅

「倉田山一帯」は 外宮と内宮のほぼ中ほどに位置。内宮と外宮を結ぶおよそ5kmの美しい並木道路、御幸道路の中ほどに、松の緑もあざやかな丘が、倉田山である。
「別宮倭姫宮」をとりかこむように、神宮徴古館農業館・式年遷宮記念神宮美術館・神宮文庫と、一帯には神宮が公益事業とする文化施設が集中している所。

外宮と内宮を結ぶ並木道         モダンな美術館が
  

 
「別宮・倭姫命・宮」は、第11代垂仁天皇の皇女。第10代崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命の後を継いで「御杖代」として皇大御神に奉仕され、皇大御神を戴いて大和国をお発ちになり、伊賀・近江・美濃等の諸国を経て伊勢の国。
ご神慮によって現在の地に万代不易の皇大神宮を創建された。「御杖代」とは皇大御神の御杖となって、ご神慮を体して仕えられるお方の意。
当宮は、創立新しい。

別宮が                                  丸太の鳥居
    

「猿田彦神社」は、ニニギの天降りの先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮座。
倭姫命世記によれば、その子孫の大田命は天照大神を祀る地として倭姫命に五十鈴川川上の地を献上。大田命の子孫は宇治土公と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職したが、その宇治土公が邸宅内の屋敷神として祖神の猿田彦を祀っていたという。
明治時代に入り、屋敷神を改めて神社とした。
猿田彦神がニニギの先導をしたということから、交通安全・方位除けの神社として信仰されている。本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造。
欄干や鳥居には八角形の柱が使用されている。
5月5日の御田祭は、三重県の無形民俗文化財に指定、神饌として飛魚を献上する風習がある。境内には、天降りの際に猿田彦神と応対した天宇受売命を祀る佐瑠女神社が猿田彦神社の本殿に向かい合うように建っており、芸能の神として信仰されている。

伊勢神宮内宮手前の猿田彦神社
  

「伊勢神宮・内宮」は、皇大神宮で五十鈴川のほとりに鎮座し、最古の神「天照坐皇大御神」を祀っている。即ち皇室の祖神として
尊崇され、神体は、三種の神器の一つの、「八咫鏡」である。

内宮の手水舎



日本書紀では、崇神天皇の命で、垂仁天皇の皇女「倭姫命」が、宮所を求め鎮座したという。

宇治橋と鳥居            五十鈴川          砂利を敷きしめた参道
    

2000年以上もその姿を変えることなく存在する伊勢神宮内宮の建物。内宮には、別宮 10、摂社 27、末社 16、所管社 30、別宮所管社 8、がある。

正殿               西宝殿           (鳥居から撮影禁止)
    


大鳥居を潜り、五十鈴川に架かる宇治橋から、砂利を敷き詰められた参道を行くと参集殿、右が五十鈴川、左に御池、斎館両側に手水舎、第二鳥居を潜ると古殿地で、外幣殿・四方殿、正殿、西宝殿、党宝殿になる。参拝。古殿地は撮影出来なかった。

静かな境内
    

内宮の奥に広がる神路山・島路山・五十鈴川の川上に鎮座し、 五十鈴川の清流にかかる宇治橋を渡ると参道は、深い森につつまれ、静かで神々しい空気を感じる。

伊勢神宮内宮の参道周辺には、「おかげ横丁」という道がある。その道沿いに、お土産屋の店が軒を連ねている。
現地の名産品を食したり、休憩をしながら流し歩くのも楽しい。

五十鈴川                 おはらい町「おかげ横丁」
    

次回は、多気方面へ。