奈良公園は、市街地の北東部。面積659.9hA,明治維新後神仏分離令・廃仏棄釈運動の為、南部の寺院は大打撃を受け、1876年県も廃され
堺県に吸収合併された。
南部復興の策として1880年旧興福寺境内と猿沢池付近を公園として開設された。1890年奈良県立公園となった。
興福寺・東大寺・春日大社など天平文化の遺構が点在し、博物館・万葉植物園が加わり、春日大社の神鹿(天然記念物)が見られる。
10月~11月にかけ「角切」が行われる。現在鹿の数は推定で1200頭以上が俳遊し増加傾向で、被害がも増えて、中には、人間を噛むのも出てきたと云う。
市街の東部を占める緑地帯、東西4k南西2kの奈良公園。
「万葉植物園」は、春日大社境内にある。面積1万m2あり、万葉集に詠まれているオキナグサ・カタクリ・アセビ・マユミなど約300種
の植物を栽培している。万葉歌と植物名の標柱板が着いていて楽しい。
公園内に興福寺・博物館・東大寺・春日神社・若草山のある大公園観光地。
世界遺産「春日大社」
三条通り真東にお椀形をした春日・御蓋山、西麓に鎮座。東側一帯を神社が広がって、面積100万m2ある。重要文化財の一の鳥居から
浅茅ヶ原、飛火野を通り、祓戸社の前に二の鳥居と続いている。
春日社は、藤原鎌足の子「藤原不比等」が「藤原氏」の氏神として祀ったもので「延喜式」に名神大社としてある。
古都・鹿群れから大社表参道に入る
祭神は、第一殿、たけみかづちの命・第二殿、経津主命・第三殿、天児屋根命・第四殿、比売神。
768年たけみかづちの命が常陸国鹿島社(茨城・鹿嶋神社)より三笠山(若草山)に影向、後下総国香取社(千葉・香取神社)の経津主命
と河内枚岡社(大阪府枚岡神社)の天児屋根命を勧請し、造営鎮座したと伝わる。
馴染みの献上樽酒がずらり、 手水牛
春日神は、鹿に乗って影向したとされ、奈良の鹿は神鹿(天然記念物)として保護されている。
都が、長岡亰、平安京に移り、藤原氏による春日祭が盛大になっていったと云う。11世紀には、「興福寺」の管理下に置かれている。
奈良時代貴族春日詣を思い浮かべた
国宝ー赤糸威し鎧・金地螺鈿抜形太刀・本宮御料古神宝類など多数ある。春日大社宝物殿保管、一部展示もされちぇいる。
中門左右に廻廊が伸び、軒下に釣り燈籠が下がっている。中門の奥が4棟の本殿が並ぶ。
8月の「万灯籠」は、参道・社殿の全てに灯がともされ、杉木立ちと朱塗りの建物が灯にはえる。20年前を思い出している。
平安時代、天皇・上皇も参詣。 江戸時代の武家達も
車舎・中門・回廊・幣殿・摂社の若宮神社・南に鎮座している。(天押雲根命を祀る)
重要文化財の本殿・拝殿・細殿・神楽殿・手水屋歴史上貴重な物。
3月13日「申祭り」は、春日祭りは、850年頃から続いている。若宮例祭は、前回でご紹介、石灯籠・釣り燈籠は、2800ある。8月15日
節分の日に「万燈籠」が行われる。
参道には1800基の石灯篭と釣灯籠が1000基以上、 数が正解者長者になれると云う
社殿は、27棟、第一殿・より大四殿んも4棟は、透塀、内鳥居、瑞垣を含み、1863年再建された一間社春日造り、檜皮葺きで平安時代
以来20年頃の式年還宮が行われた。(重要文化財)
神護景雲2年 768年、平城京の守護と国民の繁栄をお祈りする為に創建され、朱塗りのあでやかな社殿が立ち、古来より藤の名所としても知られている世界遺産春日大社。国宝、重要文化財520以上と見ごたえ十分である。
車舎(車庫)・南門楼門(釣り燈籠)・本殿(春日造りが4棟)朱塗りの切妻造り・宝物殿(藤原文化が)・若松神社。
次回は、東大寺へ。
堺県に吸収合併された。
南部復興の策として1880年旧興福寺境内と猿沢池付近を公園として開設された。1890年奈良県立公園となった。
興福寺・東大寺・春日大社など天平文化の遺構が点在し、博物館・万葉植物園が加わり、春日大社の神鹿(天然記念物)が見られる。
10月~11月にかけ「角切」が行われる。現在鹿の数は推定で1200頭以上が俳遊し増加傾向で、被害がも増えて、中には、人間を噛むのも出てきたと云う。
市街の東部を占める緑地帯、東西4k南西2kの奈良公園。
「万葉植物園」は、春日大社境内にある。面積1万m2あり、万葉集に詠まれているオキナグサ・カタクリ・アセビ・マユミなど約300種
の植物を栽培している。万葉歌と植物名の標柱板が着いていて楽しい。
公園内に興福寺・博物館・東大寺・春日神社・若草山のある大公園観光地。
世界遺産「春日大社」
三条通り真東にお椀形をした春日・御蓋山、西麓に鎮座。東側一帯を神社が広がって、面積100万m2ある。重要文化財の一の鳥居から
浅茅ヶ原、飛火野を通り、祓戸社の前に二の鳥居と続いている。
春日社は、藤原鎌足の子「藤原不比等」が「藤原氏」の氏神として祀ったもので「延喜式」に名神大社としてある。
古都・鹿群れから大社表参道に入る
祭神は、第一殿、たけみかづちの命・第二殿、経津主命・第三殿、天児屋根命・第四殿、比売神。
768年たけみかづちの命が常陸国鹿島社(茨城・鹿嶋神社)より三笠山(若草山)に影向、後下総国香取社(千葉・香取神社)の経津主命
と河内枚岡社(大阪府枚岡神社)の天児屋根命を勧請し、造営鎮座したと伝わる。
馴染みの献上樽酒がずらり、 手水牛
春日神は、鹿に乗って影向したとされ、奈良の鹿は神鹿(天然記念物)として保護されている。
都が、長岡亰、平安京に移り、藤原氏による春日祭が盛大になっていったと云う。11世紀には、「興福寺」の管理下に置かれている。
奈良時代貴族春日詣を思い浮かべた
国宝ー赤糸威し鎧・金地螺鈿抜形太刀・本宮御料古神宝類など多数ある。春日大社宝物殿保管、一部展示もされちぇいる。
中門左右に廻廊が伸び、軒下に釣り燈籠が下がっている。中門の奥が4棟の本殿が並ぶ。
8月の「万灯籠」は、参道・社殿の全てに灯がともされ、杉木立ちと朱塗りの建物が灯にはえる。20年前を思い出している。
平安時代、天皇・上皇も参詣。 江戸時代の武家達も
車舎・中門・回廊・幣殿・摂社の若宮神社・南に鎮座している。(天押雲根命を祀る)
重要文化財の本殿・拝殿・細殿・神楽殿・手水屋歴史上貴重な物。
3月13日「申祭り」は、春日祭りは、850年頃から続いている。若宮例祭は、前回でご紹介、石灯籠・釣り燈籠は、2800ある。8月15日
節分の日に「万燈籠」が行われる。
参道には1800基の石灯篭と釣灯籠が1000基以上、 数が正解者長者になれると云う
社殿は、27棟、第一殿・より大四殿んも4棟は、透塀、内鳥居、瑞垣を含み、1863年再建された一間社春日造り、檜皮葺きで平安時代
以来20年頃の式年還宮が行われた。(重要文化財)
神護景雲2年 768年、平城京の守護と国民の繁栄をお祈りする為に創建され、朱塗りのあでやかな社殿が立ち、古来より藤の名所としても知られている世界遺産春日大社。国宝、重要文化財520以上と見ごたえ十分である。
車舎(車庫)・南門楼門(釣り燈籠)・本殿(春日造りが4棟)朱塗りの切妻造り・宝物殿(藤原文化が)・若松神社。
次回は、東大寺へ。