[注釈]
*une me^me couverture : 単数不定冠詞がついていますから、「同一の一冊」
*regarder ses travaux derrie`re lui : 自分の背後に業績を見つめる、ということですから、今までの自分の仕事ぶりを振り返ることです。
* traverse'e par les autres voix : 「わたし」というものが、ひとつの固定された同一性に収まるものではなく、多くの他者を含み持つものでもあることを表現しています。
* il m'a e'te' donne' de connaitre : il は非人称主語です。ex. Il n'est pas donne' a` tout le monde d'avoir une maison de compagne. 「別荘を持つことは誰にでもできることではない」
[試訳]
アニー・エルノ『生きることを記す』
書くという行為は、現在であり、未来であって、過去ではない。一冊の本にまとまった形で自分のいくつもの作品を眺めてみると、なんだか信じられない、現実のことではないような気がした。自分の主な仕事を振り返って見る者にかなり共通したこうした反応を越えて、私はこう問わずにはいられなかった。この千にも及ぶページは一体なにを意味しているのか。四十年にもわたる、この書くという企てをいかに定義したらいいのか。そしてこれは求められたことがだ、この企てを言い表すのにどんなタイトルが相応しいのか、と。突然、明白たる事実のように、私に降りてきたのは、『生きることを記す』だった。私の人生を、でも、誰か特定の人物のものでもなく、ある人生でもない。生きること。それは誰にとってもその内実は同じであっても、ひとり一人違った仕方で感受されるものだ。それは身体、教育、帰属や性的条件、社会的な来歴、他者の存在、病、喪の経験などによって、様々に経験されるものであろう。そうしたものを越えて、時間と大文字の歴史(物語)が、変化を絶えまなく促し、壊し、再び更新するままの生のあり方。私は自分のことを書こうとか、自分の人生を作品にしようなどとしたことは一度もない。ただこの人生を、人生を横切った、多くは人並みの出来事を、私にそれを知るべく与えられた様々な状況や感情を、用いただけだ。あたかもそれらを究明すべき物質のようにして利用し、感受されるべき次元の真実を捉え、明るみに出そうと務めてきた。自分についてと同時に、自分の外で、いつも私は書いてきた。書物から書物をめぐる「わたし」に、固定したアイデンティティーを宛てがうことはできない。その声には、他者たちの声が、私たちに棲みついている縁者の声、社会を通してつながっている者たちの声も、響き渡っているのだから。
……………………………………………………………………………………………..
misayoさん、Akokoさん、mozeさん、今回も訳文ありがとうございました。
テキストに用いたのは、著名作家の主要作品を集めた Gallimard社の Quarto 叢書の一冊にAnnie Ernaux自身が寄せた序文でした。そのタイトルが Ecrire la vie です。Marcel Proust のものは A la recherche du temps perdu 一作品のみが収録されています。もちろん、Patrick Modiano の巻もあります。またいずれ彼の文章も読んでみましょう。
それでは、次回はp.8 des moments de la vie. までを読むことにしましょう。10月29日(水)に試訳をお目にかけます。
Bonne lecture, mes amis ! Shuhei