昨日は「大雪」でした。昨日も今日も暦通りの寒さになりました。
さて今日は80年前「日米開戦」の歴史的日です。
一番身近な亡き母の感想。この時母はすでに二人の娘の母で、母のおなかには3番目の子供長男になる兄が宿っていました。
この時どこにいたか、多分父が海軍工廠という海軍の工場に勤めていたので愛知県の豊川にいたと思います。「アメリカと戦争するなんてとんでもないことになった」というものでした。
よく小説などに出てくる「やった!」と快哉を叫ぶような気分にはならなかったようです。
というのも母は元々関西の西宮というところに住んでいて、学校もアメリカ人宣教師が教師を務めるようなミッションスクールの女学校で英語をたたきこまれたのです。
母の父、つまり祖父も明治時代にアメリカに渡った経験の持ち主でしたからアメリカの国力はわかっていました。
だから「やった!」と快哉を叫ぶようなことはなかったし、「これからどうなるんだろう」と不安に駆られたようです。少しでも物のわかった人はみなそうだったようです。
ほんとに国のリーダーの資質は大事。今の連中はこの太平洋戦争時代のリーダーと同じの低レベルです。