以下は今日発売された月刊誌HANADA今月号の巻頭に掲載されている連載コラムの内、ジャーナリスト山際澄夫氏の論文からである。
見出し以外の文中強調は私。
歴史戦にどこまで無力なのか
天皇陛下の平成31年4月30日の譲天位と改元の日程が決まった。
譲位は約200年ぶり、憲政史上では初めてで、これが関係者の尽力で無事に決まったことを寿ぎ、皇室の弥栄を祈りたい。
しかし、ここであえて取り上げたいのは、米サンフランシスコで、慰安婦像が市の公共物にされてしまったことだ。
2017年11月末のことである。
中国系米国人らが主導し、韓国系が協力する形で設置した像の市への寄贈を、市長が公式に受け入れたのである。
米国の公有地に設置された慰安婦像としては3例目(私有地を含めれば5例目)。
慰安婦碑は8ヵ所にも及ぶ。
唯一の同盟国に、わずかの間に日本を貶める施設がここまで増殖したのに心穏やかではいられない。
大阪市の吉村洋文市長が、史実と違うと抗議し、姉妹都市関係の解消を表明したのは当然のことである。
安倍首相は特別国会で、「慰安婦像のサンフランシスコ市への寄贈は、わが国の立場と相容れず、極めて遺憾。政府としては、サンフランシスコ市長に拒否権を行使するように申し入れた」と述べたが、その段階ではすでに流れは決していた。
直後に寄贈が受け入れられると、菅官房長官は「再び起きないよう、あらゆる努力をする」と語るしかなかった。
今回の慰安婦像は、ソウルの座像と違って、背中合わせに立った三人の女性が手を繋いで台座に乗り、それをまた別の女性が離れたところから見つめるという凝ったつくりだ。
三人は、韓国、中国、フィリピンの女性のイメージで、碑文には「旧日本軍によって数十万人の女性が性奴隷にされた」「ほとんどが囚われの身のまま亡くなった」などとデタラメが記されている。
九月の除幕式では市議会関係者ほか、中国総領事や韓国の元慰安婦、米議会下院の対日非難決議の提案者であるマイク・ホンダ氏らが像を囲んで祝福した。
中韓両国は、してやったりの思いだろう。
どうして日本は、中韓が仕掛ける歴史戦にここまで無力なのだろうか。
現地の日本人と結んで、世界中で慰安婦像設置反対運動を展開してきたネットワーク、「なでしこアクション」のサイトには、〈サンフランシスコ有志一同より皆様へ〉と題する声明文が掲載された。
「私たちは、二〇一五年夏にサ市慰安婦碑設置決議案が(市議会に)出てから、慰安婦の日制定決議案、慰安婦教育決議案、慰安婦の碑寄付決議案、と手弁当でずっと闘ってまいりました。しかし、すべての決議において、全会一致の可決という非常に悔しく悲しい結果となりました。この責任は一体誰にあるのでしょうか。この像のために、恐怖を抱いているサ市の日本人や日系人の親は、どうしたらよいのでしょうか」
日本は女性を性奴隷にした侵略国との洗脳が、日本人子弟らへのいじめや暴力に結びつくことを恐怖しているのである。
そして、こう言う。
「日本政府と領事館は、私たちをサポートすることはありませんでした。なぜなら、私たちは、河野談話を引き継いだ主張をしてこなかつたからです。真実を言ってきたからです。河野談話を撤回し、新談話を直ちに発表してください。日本人よ、日本政府よ、目覚めてください」
「真実」とは、慰安婦が戦時の売春婦で性奴隷ではないことを指している。
だが、河野談話は「従軍慰安婦」に対する強制性を認め、お詫びと反省を表明している。
*この河野談話を出させた、或いは当時の政府が出さざるを得ないような状況を作ったのが、当時は完ぺきに日本を支配していた朝日新聞の報道だった事は、歴然たる事実である。
朝日新聞は売国奴、或いは国賊そのものの新聞会社であるとの私の言及の正しさを日本国民と世界中の人たちが知るべき時はとうに来ている*
そのために、反対運動をする日本人は、不勉強な市議会議員らに歴史修正主義者と罵られ、日本政府からも援護を得られなかったと感じているのだ。
実際に日本政府は、慰安婦の強制連行、性奴隷は捏造だと真っ向から反対するのではなく、河野談話などを持ち出して、日本は謝罪してきたと伝えるのが常だった。
安倍首相は、安倍談話を出すことで河野談話を無力化することを狙っていたとされるが、現実はそうはなっていない。
やはり、河野談話を残していてはダメなのである。
この祖国への絶叫ともいうべき声明を見て、ふと、拉致被害者家族の増元照明さんの国民大集会での訴えを思い出した。
「なぜ、政治家は動かない。そんなに日本は弱い国?なぜ、朝鮮総連はあのまま?海外に圧力をお願いしながら、自らは制裁を科すこともない。日本は何しているのですか」
新しい年、祖国日本はこれらの叫びにどう応えるのだろうか。