以下は前章の続きである。
大きな悲劇だった「田中上奏文」
なかでも、昭和天皇の大きな悲劇は「田中上奏文」という偽書が出回ったことと張作霖爆死事件だった。
第一章と第二章でも触れたが、「田中上奏文」とは、政友会の会長で陸軍大将だった田中義一首相が、昭和2年(1927)に天皇陛下に提出したとされる国策プランである。
そこには、日本は満洲を制圧し、北シナを制圧し、全世界を征服するという世界制覇のプランが書いてあり、その文書が世界中に出回った。
その「田中上奏文」の原文を日本で見た人はいない。
しかもそのなかには、山縣有朋が会議に出席したと書かれている。
田中義一首相の時はすでに山縣は亡くなっているから、そんなことが書かれうるはずがない。
しかも、田中義一首相は山縣有朋の一の子分だから、親分が死んだことを知らないはずがないのだ。
いまではこの「田中上奏文」は、コミンテルンが世界中にばら撒いた偽書であるということがはっきりしている。
当時、日本では誰もこの偽書を見た人がいないため、日本は本気で反論しなかったのだが、世界中がこれを信じてしまった。
ルーズベルトはこの偽書によって、日本を本気で潰しにかかろうと考えたとも言われている。
そして「田中上奏文」は、東京裁判において日本を「共同謀議」で裁くための下敷きにまでなっているのだ。
張作霖爆死事件は、日本が行なったこととされた。
ところが、張作霖がなぜ暗殺されたかについては、のちの満洲事変の調査を行なった国際連盟のリットン報告書にさえも「神秘的な事件」と書いてある。
つまり、わけがわからないということで、日本が暗殺したとは言っていない。
国際連盟は決して親日的ではなかったのに、日本が侵略したとは簡単に言えないと結論しているのである。
にもかかわらず、張作霖を暗殺したのは日本だということが世界中に広まってしまった。
最近出版された『マオ』(ユン・チアン著、講談社刊)には、コミンテルンの手先が暗殺したと書かれている。
たしかにあの頃、張作霖と共産主義との問には大変な軋轢があった。
張作霖は共産党本部を家捜しし、鉄道問題でソ連と揉めていた。
しかし、日本とはまだそんなに利害が乖離していない。
だから、コミンテルンが暗殺したというほうが可能性は高いように思う。
しかし、コミンテルンは世界中に宣伝マンを派遣しているから、日本が張作霖を暗殺したと言いふらす。
日本の外務省などの手には負えない。
当時は日本が暗殺したということになった。
天皇陛下は平和を願っておられたから、田中義一首相にどういうことかとお尋ねになった。
ところが、田中義一首相のところには報告があがってきていない。
日本が暗殺したのでないとすれば、報告がないのは当たり前である。
リットン報告書でさえ「神秘的な事件」と言っているくらいだから、田中義一首相も事の真相がわからなかったのだろう。陰謀史観と軽く見られるが、私はコミンテルンが暗殺した可能性が高く、それで日本の対応や天皇陛下への報告が遅れたのだろうと考える。
東京裁判でも、パル判事は張作霖爆死事件に関するすべての証言や証拠を検討した結果、すべて伝聞に基づくものであり、つまり神秘的事件であったと断定している。
この犯人と言われた河本大作大佐は、東京裁判の頃はまだ中国に捕らわれていたの、だから法廷で証言させることもできたであろうにそうしなかったのは、判事を出しているソ連に不利になるからだったろうと推定するのが自然であろう。
田中義一首相は国際的信用を回復するために関係者の処罰を主張したが、証拠がないものは処罰することもできない。
そのような事情でぐずぐずしているうちに天皇陛下はしびれをきらし、田中義一首相に「田中総理の言うことはちっとも分からぬ。再び彼から聞くことは自分はいやだ」と言われたらしい。
それがもとで、忠義一徹の田中義一首相は「天皇の信頼を失った」と内閣総辞職してしまった。
そして三ヵ月も経たないうちに亡くなった。
この稿続く。
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