以下は月刊誌Hanada9月号に掲載されている石平氏の連載コラムからである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
中国・朝鮮と違う「とてつもない日本」(経済・商業編《中》)
前回は、江戸時代の日本における商業の空前の繁栄と発達の様子、同時代の中国清朝と半島の朝鮮王朝における商業未発達の貧相な実態を見た。
では、このような「天と地の差」を生み出した要因は一体何か。
今回はまず、日本について考察してみたい。
江戸時代の日本における商業の発達と繁栄の理由の一つは、当時の幕藩体制にあったのではないか、と筆者は考えている。
幕藩体制の下では、各藩の武士階層とその家族らが消費者として城下町に定住するため、生活物資を提供する商人たちが当然のことながらその城下町に集ってくる。
そして商人たちは武士と同様に城下町に住み着き、先祖代々の商いを営み、各藩の下で商業を発達させていった。
ただ、各藩の城下町に住む武士やその家族たちの生活物資のすべてを藩内の農業や手工業だけでは産出できない。
そのため、各地からの輸送などで藩を超えた広域な流通網が発達していった。
なかでも日本最大の城下町・江戸には、旗本や御家人だけでなく、参勤交代制度の下で、全国の大名とその家族も江戸に住み、その家臣団の多くも江戸に滞在したため、常に巨大な消費の需要があった。
それに応じて、日本全国から消費物資が運搬され、売買された。
まさに、江戸は全国一の大商業都市として繁栄したのである。
一方、幕藩体制の下で各藩は経済的には独立経営体であるから、いかにして藩の財政の安定を保ち、かつ豊かにしていくかが、藩政の重要な課題の一つだった。
だが、そのために藩の領地を増やすようなことは当然できず、藩内の農地の生産高を飛躍的に増大させることも簡単には叶わない。
各藩にとって財政をより豊かにするための手段は、付加価値の高い換金作物の生産を増やすか、商業を発達させるしかない。
そのどちらにも商人たちの力を必要とする。
そのため、全国の大半の藩で商業と商人が藩政による保護の対象となり、自治権や自主経営権をある程度享受できた。
もちろん、江戸時代全体の政治権力との関係性を見れば、商人は身分的には武士階層の下におかれていて、幕府や大名からの政治的統制を受ける立場であった。
しかし実際、江戸や大坂、各藩の城下町において、商人たちの属する町人社会は実質上、町人の自治によって運営されていた。
江戸の場合、町年寄や町名主ら町役人が江戸府内の自治を行い、町法という規則を定め、住民から町入用(自治会費か地方税に相当)を徴収し、自治のために用いている。
町人を統制するための幕府機関としては町奉行所が設置されてはいるが、最盛期の江戸は人口百万人の大都市で、対する町奉行所の専属役人は三百人に満たない。
江戸という大都市を「管理する」幕府の権力機関が、この程度の少人数で運営されていたことにまずもって驚くが、この事実からしても、町人の持つ自治権の大きさが窺えよう。
江戸だけでなく、大坂や京都の町人たちもそれと同様の、あるいはそれ以上の自治権を享受していた。
商人たちにしても、身分上は武士の下に位置づけられていたにもかかわらず、実際には武士による政治権力の支配の外にあった。
時には、政治権力を凌駕するような力さえ持ち合わせていた。
たとえば、両替商として金融業を牛耳る豪商の場合はとくにそうであった。
江戸時代の後期になると、慢性的な財政難に悩まされている朝廷も幕府も各大名も、揃って大坂や京都の両替商に莫大な借金をしていたことはよく知られているが、この一例から見ても、武士の政治権力は商人の世界を支配するものでなかったことがよく分かろう。
武士階層が商人に対して本当の支配者となっていたとすれば、支配されている商人たちに頭を下げて借金することはまずない。
政治的権力を行使した収奪が可能なはずだからである。
実態はむしろその逆だろう。
一般的に言えば、お金を借りる側よりも、お金を貸すほうの立場が強くなるのが普通である。
実際、幕末辺りになると、借金に借金を重ねて両替商に首を押さえられた大名や、さらなる借金のために両替商に泣きつく大名があとを絶たなかった。
世はまさに、彼ら「商人の世」になった感がある。
このように江戸時代の商人たちは、幕藩体制の下で確たる自治権と、政治権力に左右されない安定した地位を保ち、経営を自主的に行って商業を持続的に発達させて商品経済の空前の繁栄を作り出している。
江戸時代の文明と文化の全般の繁栄は、まさにそのうえに成り立っていたと考えられる。
では、同時代の中国清朝と半島の朝鮮王朝において、商人たちはどのような社会的立場に置かれ、いつたいどのような境遇にいたのだろうか。
次回はその点を詳述する。
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