16組の作家が出展し、そのテーマは、慰安婦、朝鮮人強制連行、天皇、原発事故、安倍晋三首相、沖縄米軍など、ある「角度」を持ったものばかりだ。
2019年08月20日
以下は、8/16、産経新聞に掲載された記事からである。
シナリオ通りの展開か?
戦後日本最大の検閲事件だって?
展示内容が批判を浴び、テロ予告まで誘発した展示会が、開幕から3日で中止に追い込まれた。
愛知県で3年に1度開催される現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」である。
16組の作家が出展し、そのテーマは、慰安婦、朝鮮人強制連行、天皇、原発事故、安倍晋三首相、沖縄米軍など、ある「角度」を持ったものばかりだ。
個人的にはアートというよりも政治的プロパガンダ(宣伝)という印象を受ける。
何をアートとするかの判断は人それぞれゆえ、それはおいておく。
中止が決まるや、企画展の実行委員会(アライ=ヒロユキさん、岩崎貞明さん、岡本有佳さん、小倉利丸さん、永田浩三さん)は抗議文を発表、《圧力によって人々の目の前から消された表現を集めて現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するということは、歴史的暴挙と言わざるを得ません。戦後日本最大の検閲事件となるでしょう》と訴えた。
「なんだかなあ」と思う。
というのも、トリエンナーレの芸術監督を託されたジヤーナリストの津田大介さんは4月上旬、ライブ動画配信サービス「ニコニコ生放送」で、この企画展をめぐり批評家の東浩紀さんとこんなやりとりをしているのだ。
津田
おそらくみんな全然気づいてないけど、これが一番やばい企画なんですよ。おそらく、政治的に…
東
やっぱり…天皇が燃えたりしてるんですか
津田
ああ…
津田さんが「やばい」と言うように、昭和天皇のお写真を燃やす映像作品、そして日本を道徳的に貶めようと韓国の団体が世界各地に設置を進めている慰安婦像そっくりの「平和の少女像」の2作品は、良識的な日本人を底意地悪く挑発するものだった。
ここからは私の想像である。
津田さんにとって、企画展が炎上し、展示中止となることは想定内だったのではないか。
企画展立案の本当の狙いが「炎上→展示中止→表現の自由をめぐる議論勃発→実行委員会による抗議文の発表→安倍政権批判」だとするなら、津田さんは所期の目的を見事に達成したことになる。
表現の自由は本筋ではない
ここで寄り道をしたい。
実行委員会のメンバーに永田浩三さんの名前を見つけて、とんでもない茶番劇を思いだした。
武蔵大教授の永田さんは、元NHKのプロデューサーであり、19年前に東京で開催された「女性国際戦犯法廷」なる民衆法廷を、ETV特集で好意的に取り上げようとした人物だ。このとき番組内容について、意見が対立している問題はできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることを義務づけた放送法上どうなのか、とNHKに問い合わせたのが、安倍晋三と中川昭一の2氏だった。
「女性国際戦犯法廷」とは、「日本軍の性奴隷制を裁く」をスローガンに、韓国、北朝鮮、中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどの「元従軍慰安婦」が原告となり、昭和天皇、日本政府、慰安所に関わった元軍人を裁くという民衆法廷。開催を呼びかけたのは 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW―NETジャパン。代表は元朝日新聞記者の故松井やよりさん)である。
この民衆法廷と、昭和天皇のお写真が燃える映像と慰安婦像が同じスペースに展示されていた企画展は、そのイデオロギーにおいてぴたりと重なるように思えるのだ。
当時、民衆法廷を取材をした私は雑誌「正論」(平成13年2月号)にこう書いている。
《(平成十二年)十二月七日午後五時すぎ、東京・千代田区の九段会館の駐車場に三台の観光バスが滑り込んできた。
バスから降りてきたのは主に朝鮮の民族衣装に身を包んだ老女たちである。会館の入り口ではさかんに朝鮮語が飛びかう。受付で五百円の入場料を払って会場に入る。ロビーには、「女子挺身隊の名で戦場に連行され売春行為を強いられた」と、初めて訴え出た朝鮮人女性の遺影、慰安所や慰安婦の写真、そして全国から「法廷」に寄せられたメッセージが所狭しと貼られていた。このメへツセージの中には「昭和天皇に極刑を」とか「天皇制反対」といった過激な内容のものが多数あった。会場一階はロープで前後に仕切られ、ステージに近い前方の席が「被害国オンリー」。後ろが日本の参加者の席になっていた。一階席は満席で、立ち見の出る状態となり、二階、三階席に回ってほしいという場内放送が流された。会場にはかなりの数のビデオカメラが設置されているが、そのほとんどは韓国、中国などの外国メディアであった。
そして「元慰安婦」の女性たちが入場すると、各国のテレビクルーはそれこそ喜々として取材活動にいそしんでいた。午後六時三十五分、ゴーン、ゴーンという鐘の音とともに、ビデオの上映が始まった。「元従軍慰安婦」という老女が「日本の責任者を処罰しろ」と叫ぶシーンや、ソウルの日本大使館前で抗議するシーンがこれでもかこれでもかといった調子で流され、最後には木に縛り付けられた昭和天皇とおぼしき男性に、朝鮮の民族衣装を着た女性がピストルを向けている絵が映し出された…》
女性国際戦犯法廷は「天皇裕仁及び日本国を、強姦及び性奴隷制度について、人道に対する罪で有罪」との判決を下し、翌年にはご丁寧にもオランダのハーグにおいて「最終判決」を発表した。
これにより「慰安婦=性奴隷」という誤った認識が世界に定着してしまうこととなった。
今般、この法廷のイデオロギーを汲んでいるとしか思えない企画展が中止になったのは当然としても、民衆法廷的イデオロギーに取り憑かれた人々は、これを利用して「日本は表現の自由を弾圧する国である」と世界に訴えてゆくはずだ。
その第1弾が実行委員会の抗議文だ。
日本を貶めたい国のメディアは、喜々としてこうした動きを報じることだろう。
この企画展は、表現の自由を盾にして日本を貶めようとする巧妙な謀略ではなかったか、そう思えてならない。
妄想が過ぎるだろうか。
※今回はモンテーニュと対話する余裕がありませんでした。すみません。
(文化部 桑原聡)
シナリオ通りの展開か?
戦後日本最大の検閲事件だって?
展示内容が批判を浴び、テロ予告まで誘発した展示会が、開幕から3日で中止に追い込まれた。
愛知県で3年に1度開催される現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」である。
16組の作家が出展し、そのテーマは、慰安婦、朝鮮人強制連行、天皇、原発事故、安倍晋三首相、沖縄米軍など、ある「角度」を持ったものばかりだ。
個人的にはアートというよりも政治的プロパガンダ(宣伝)という印象を受ける。
何をアートとするかの判断は人それぞれゆえ、それはおいておく。
中止が決まるや、企画展の実行委員会(アライ=ヒロユキさん、岩崎貞明さん、岡本有佳さん、小倉利丸さん、永田浩三さん)は抗議文を発表、《圧力によって人々の目の前から消された表現を集めて現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するということは、歴史的暴挙と言わざるを得ません。戦後日本最大の検閲事件となるでしょう》と訴えた。
「なんだかなあ」と思う。
というのも、トリエンナーレの芸術監督を託されたジヤーナリストの津田大介さんは4月上旬、ライブ動画配信サービス「ニコニコ生放送」で、この企画展をめぐり批評家の東浩紀さんとこんなやりとりをしているのだ。
津田
おそらくみんな全然気づいてないけど、これが一番やばい企画なんですよ。おそらく、政治的に…
東
やっぱり…天皇が燃えたりしてるんですか
津田
ああ…
津田さんが「やばい」と言うように、昭和天皇のお写真を燃やす映像作品、そして日本を道徳的に貶めようと韓国の団体が世界各地に設置を進めている慰安婦像そっくりの「平和の少女像」の2作品は、良識的な日本人を底意地悪く挑発するものだった。
ここからは私の想像である。
津田さんにとって、企画展が炎上し、展示中止となることは想定内だったのではないか。
企画展立案の本当の狙いが「炎上→展示中止→表現の自由をめぐる議論勃発→実行委員会による抗議文の発表→安倍政権批判」だとするなら、津田さんは所期の目的を見事に達成したことになる。
表現の自由は本筋ではない
ここで寄り道をしたい。
実行委員会のメンバーに永田浩三さんの名前を見つけて、とんでもない茶番劇を思いだした。
武蔵大教授の永田さんは、元NHKのプロデューサーであり、19年前に東京で開催された「女性国際戦犯法廷」なる民衆法廷を、ETV特集で好意的に取り上げようとした人物だ。このとき番組内容について、意見が対立している問題はできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることを義務づけた放送法上どうなのか、とNHKに問い合わせたのが、安倍晋三と中川昭一の2氏だった。
「女性国際戦犯法廷」とは、「日本軍の性奴隷制を裁く」をスローガンに、韓国、北朝鮮、中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどの「元従軍慰安婦」が原告となり、昭和天皇、日本政府、慰安所に関わった元軍人を裁くという民衆法廷。開催を呼びかけたのは 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW―NETジャパン。代表は元朝日新聞記者の故松井やよりさん)である。
この民衆法廷と、昭和天皇のお写真が燃える映像と慰安婦像が同じスペースに展示されていた企画展は、そのイデオロギーにおいてぴたりと重なるように思えるのだ。
当時、民衆法廷を取材をした私は雑誌「正論」(平成13年2月号)にこう書いている。
《(平成十二年)十二月七日午後五時すぎ、東京・千代田区の九段会館の駐車場に三台の観光バスが滑り込んできた。
バスから降りてきたのは主に朝鮮の民族衣装に身を包んだ老女たちである。会館の入り口ではさかんに朝鮮語が飛びかう。受付で五百円の入場料を払って会場に入る。ロビーには、「女子挺身隊の名で戦場に連行され売春行為を強いられた」と、初めて訴え出た朝鮮人女性の遺影、慰安所や慰安婦の写真、そして全国から「法廷」に寄せられたメッセージが所狭しと貼られていた。このメへツセージの中には「昭和天皇に極刑を」とか「天皇制反対」といった過激な内容のものが多数あった。会場一階はロープで前後に仕切られ、ステージに近い前方の席が「被害国オンリー」。後ろが日本の参加者の席になっていた。一階席は満席で、立ち見の出る状態となり、二階、三階席に回ってほしいという場内放送が流された。会場にはかなりの数のビデオカメラが設置されているが、そのほとんどは韓国、中国などの外国メディアであった。
そして「元慰安婦」の女性たちが入場すると、各国のテレビクルーはそれこそ喜々として取材活動にいそしんでいた。午後六時三十五分、ゴーン、ゴーンという鐘の音とともに、ビデオの上映が始まった。「元従軍慰安婦」という老女が「日本の責任者を処罰しろ」と叫ぶシーンや、ソウルの日本大使館前で抗議するシーンがこれでもかこれでもかといった調子で流され、最後には木に縛り付けられた昭和天皇とおぼしき男性に、朝鮮の民族衣装を着た女性がピストルを向けている絵が映し出された…》
女性国際戦犯法廷は「天皇裕仁及び日本国を、強姦及び性奴隷制度について、人道に対する罪で有罪」との判決を下し、翌年にはご丁寧にもオランダのハーグにおいて「最終判決」を発表した。
これにより「慰安婦=性奴隷」という誤った認識が世界に定着してしまうこととなった。
今般、この法廷のイデオロギーを汲んでいるとしか思えない企画展が中止になったのは当然としても、民衆法廷的イデオロギーに取り憑かれた人々は、これを利用して「日本は表現の自由を弾圧する国である」と世界に訴えてゆくはずだ。
その第1弾が実行委員会の抗議文だ。
日本を貶めたい国のメディアは、喜々としてこうした動きを報じることだろう。
この企画展は、表現の自由を盾にして日本を貶めようとする巧妙な謀略ではなかったか、そう思えてならない。
妄想が過ぎるだろうか。
※今回はモンテーニュと対話する余裕がありませんでした。すみません。
(文化部 桑原聡)